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春告鳥
 冷たい風に春の気配が混じる頃になると、人々の話題は《春告鳥》一色となる。
「今年はいつ来るのかなあ?」
「きっと、もうすぐよ」
 待ちきれない様子で暦を睨む幼子をそう宥める母親も、日に何度も窓の外を窺っては、春の使者の到来を待ち侘びる。

 穏やかな日差しが降り注ぐ朝。力強い羽音が聞こえてきたら、それこそが春の始まり。
「おはよーございまーす!!」
 茶褐色の翼をはためかせ、人々が待つ広場へと降り立つのは、背に翼を持つ《空人》の配達員。
 両手で抱えきれないほどの荷物は、冬の間に溜まった手紙の山だ。
「今年は随分と早かったわねえ」
「ねえねえ、お父さんからの手紙、ある?」
 歓喜の声は春風に乗って、町から町へと広がっていく。

 ようやくすべての手紙を配り終え、馴染みの酒場で一息つく配達員に、店主は豪快な笑い声をあげた。
「よぉ、《春告鳥》の旦那。今年も大人気だな」
「やめてくださいよ」
 恥ずかしそうに顔を覆う配達員。冬の間止まっていた配達が再開されるたび、その大仰な呼び名を連呼されるのは実に気恥ずかしい。
「お前さんがいつ来るかで賭けてる奴らもいるくらいなんだぜ」
「せめて、本物の春告鳥がいつ鳴くかで賭けてやってくださいよ」
 その言葉を待っていたかのように、窓の外から響く小鳥の鳴き声。独特の旋律は、まだどこかたどたどしい。
「旦那が来ると、大抵あいつもやってくるからなあ」
 愛らしい囀りに耳を傾けながら、ようやく訪れた春を噛みしめる。
おわり


 こちらは「第二十二回文学フリマ東京」の有志企画「鳥散歩」参加作品。無料配布ポストカードとして配布したものです。
 つい癖で、300字で考えようとしてしまって、しかしどうしても300字に収まりきらず、前半300字・後半300字の計600字で構成されております。(そういうところだけ無駄にこだわる)

 《春告鳥》はウグイスの別名。空人の配達員もウグイスと同じ茶褐色の翼をしているため、余計にそんなあだ名で呼ばれているんだと思います(^^ゞ
2016.05.12


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