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4 ホンモノの魔法使い
「ふう、まったく無茶させやがる」
 背後でぼやく男に、若き魔女は箒を駆る手を休めずに振り返る。
「何言ってるの。大成功だったでしょ?」
「派手にやり過ぎなんだよ、お前は。焼け死ぬかと思ったじゃねえか!」
「ちゃんと脱出できたんだからいいじゃない。それにあのくらいやらなきゃ、領主サマの鼻を明かしてやれないでしょ」
 大味な魔法で大脱出劇を彩った魔女は、さも愉快そうに笑ってみせた。
「さあて、これからどこへ行く? 師匠」
 おいおい、と頭を掻く。すでに手の届かない高みまで登り詰めている彼女に師匠と呼ばれる資格など、とっくの昔に失っている。いや、最初からそんなものはなかったのだ。彼女は魔女、自分は奇術師。その差は手鏡と月ほどに遠い。
 改めて、才能の差に打ちのめされる男に、魔女はあれえ? と(おとがい)に指をあてる。
「もしかして、勘違いしてる? ボクは最初から、あなたの『魔法』を教わりたかったんだよ」
「だから、俺は奇術師だって――ん? 俺の『魔法』って、奇術ってことか?」
 そうだよ、と大きく頷いて、口をとがらせる魔女。
「あなたの『魔法』、ホントに凄かった。ボクにもあんな魔法が使えれば、母さんを喜ばせてあげられる。そう思ったから、弟子にしてくださいってお願いしたんだよ」
 十年前と変わらぬ瞳で、一言一言丁寧に言葉を紡ぐ魔女。
「魔術は確かに色々なことが出来る。こうして空も飛べるし、幻だって作り出せる。でもね、無から有を生み出す魔術は万能すぎて、誰も笑ってなんかくれないんだ。人々を笑顔にしたり、あっと驚かせたりするには、あなたの『魔法』じゃなきゃダメなんだよ」
 なんてことだ、と天を仰ぐ男。子供の夢と侮って、夢を見ていたのは自分の方だったという訳か。
「お願い、ボクを弟子にして。それでもって、奇術と魔術を融合させた、誰もが驚く舞台を作ろうよ!」
 まっすぐに見つめられて、やれやれと息を吐く。
「そういう約束だったもんな」
 彼女は約束以上のことをやってのけた。ならば自分は、その願いを叶えてやらねばなるまい。何せ――夢を叶えることこそが『魔法使い』の本分なのだから。
「分かった、お前さんを弟子にしようじゃないか」
 やったあ! と諸手を上げて喜ぶ魔女に、ただし! と釘を刺す。
「師匠って呼び方はやめろ。むず痒くって仕方ねえ」
「じゃあ、なんて呼べばいい?」
「ヴァンでいい。さんづけもいらん。あと、言うまでもないだろうが敬語もなしだ。いいな、リオ」
 緑の双眸が見開かれ、一気に喜びの色に染まる。
「覚えててくれたの!? ボクの名前」
「いや、正直言えばついさっきまで忘れてた」
 ひどいー! と頬を膨らませるリオだったが、すぐに機嫌を直して、得意げに胸を張ってみせる。
「ボクにも長い名前があるんだよ! エミリオ・ミラ=マグヌス。どう、いい名前でしょ?」
「へえ……『大いなる奇跡』か。随分と大層な名前をもらったな」
「名前負けしないように頑張るもん!」
 ぐんと胸を逸らした瞬間、箒がぐらりと揺れて、慌てて柄を掴み直す。ついでにずり落ちかけていた帽子を持ち上げて、体裁を取り繕った若き魔女は、まるで口上の如く高らかに、壮大な夢を歌い上げた。
「さあ、ヴァン。世界中のみんなを楽しませに行こう!」
「おうともよ!」

 《魔法使い》ロベール・ヴァン=グラードと《幻惑の魔女》エミリオ・ミラ=マグヌス。
 二人の伝説は、今まさに始まったばかりだ。
ホンモノの魔法使い・終わり


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