西風よ伝えておくれ
タイムにアニス、ローズマリー
旅立つあの人に
ニワトコ、カミツレ、セージにハッカ
次の春が巡る頃には
スミレにタンポポ、サクラソウ
約束の丘で会いましょう
扉の向こうから聞こえてくる歌声と、それに合わせた「ごりごり」という音に、ギルは扉を叩こうとした手をとめて、小さく笑う。
集中したいし危ないからという理由で、リダは薬を作っている最中は決して部屋に入れてくれない。
でも、本当はもう一つの理由があることを、ギルは知っている。
痒いの飛んでけ マロウ・ヤロウ・マロウ!
痛いの飛んでけ マロウ・ヤロウ・マロウ!
遊びを邪魔する悪いやつは
イラクサの棘でお仕置きだ!
勇ましい曲調で歌われるのは、虫刺されに効く塗り薬。しっとりと切なく聞かせるのは総合感冒薬。他にも何十曲とあり、中には十番以上続くものもあったりする。
忘れっぽい上に、資料を取りまとめるのが苦手なリダは、調合を歌って覚えているということに気づいたのは、もう一年以上前のことだ。どうやら歌いながらでないと調合が出来ないらしく、それで調合しているところを見せてくれないのだが、このことを知ったギルは、あえて気づいていない振りをしている。
「この歌声が聴けなくなったらつまらないもんね」
リダ自身はまるで気づいていないのだろうが、「調合の歌」を歌っている時のリダは、何だかとても可愛らしい。
強がらず、意地を張らず、素のままの彼女は、それこそ例の父親が言う「可愛いリディア」のままなのかもしれない。
それを指摘したら、きっとリダは歌うのをやめてしまうから。
「ま、それはそれで、実験台にされないでいいんだけどね」
大変な旅路に、楽しみの一つでもなければやっていられない。
だから今日もギルは、曲が終わったのを見計らって、さり気なく声をかける。
「リダ、調合終わった? もうご飯の時間だよ」
「分かったー! 今行くわ!」