[一言フォーム] [series top] [HOME]



歌う薬
 西風よ伝えておくれ
 タイムにアニス、ローズマリー
 旅立つあの人に
 ニワトコ、カミツレ、セージにハッカ
 次の春が巡る頃には
 スミレにタンポポ、サクラソウ
 約束の丘で会いましょう

 扉の向こうから聞こえてくる歌声と、それに合わせた「ごりごり」という音に、ギルは扉を叩こうとした手をとめて、小さく笑う。
 集中したいし危ないからという理由で、リダは薬を作っている最中は決して部屋に入れてくれない。
 でも、本当はもう一つの理由があることを、ギルは知っている。

 痒いの飛んでけ マロウ・ヤロウ・マロウ!
 痛いの飛んでけ マロウ・ヤロウ・マロウ!
 遊びを邪魔する悪いやつは
 イラクサの棘でお仕置きだ!

 勇ましい曲調で歌われるのは、虫刺されに効く塗り薬。しっとりと切なく聞かせるのは総合感冒薬。他にも何十曲とあり、中には十番以上続くものもあったりする。
 忘れっぽい上に、資料を取りまとめるのが苦手なリダは、調合を歌って覚えているということに気づいたのは、もう一年以上前のことだ。どうやら歌いながらでないと調合が出来ないらしく、それで調合しているところを見せてくれないのだが、このことを知ったギルは、あえて気づいていない振りをしている。
「この歌声が聴けなくなったらつまらないもんね」
 リダ自身はまるで気づいていないのだろうが、「調合の歌」を歌っている時のリダは、何だかとても可愛らしい。
 強がらず、意地を張らず、素のままの彼女は、それこそ例の父親が言う「可愛いリディア」のままなのかもしれない。
 それを指摘したら、きっとリダは歌うのをやめてしまうから。
「ま、それはそれで、実験台にされないでいいんだけどね」
 大変な旅路に、楽しみの一つでもなければやっていられない。
 だから今日もギルは、曲が終わったのを見計らって、さり気なく声をかける。
「リダ、調合終わった? もうご飯の時間だよ」
「分かったー! 今行くわ!」

歌う薬・終わり


2010.11.14 同人誌『酒』のおまけ掌編として掲載/2016.03.27 サイト掲載


[一言フォーム] [series top] [HOME]



Copyright(C) 2010-2016 seeds. All Rights Reserved.