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トパァズ
 猫の名前といえば、ミケだのトラだの、毛並みから取られることが多いようですが、そうした先例に則るならば「クロ」と呼ばれるべき私を、ご主人は「トパァズ」と名付けたのです。
「お前の瞳は闇夜に光る宝石のようだ。故に私はお前をトパァズと呼ぼう」
 そう仰って、優しく頭を撫でてくだすったあの日を、私は一生忘れないでしょう。
 近所の猫どもには「なんでぇ、随分とハイカラな名前をつけられたもんだなァ」と揶揄(からか)われますが、ご主人がつけてくだすった大切な名前なのですから、異論があるはずもございません。
 何より、ご主人が私を呼ぶ時の、あの「トパァズ」という柔らかな声。ビオロンを奏でるような滑らかな響きに、すっかり魅了されてしまったのです。
 ああ、ご主人。私の言葉はあなたに届かなくて、感謝の思いも、ご飯の催促も、すべて「うなあん」という鳴き声にしかならないけれど。
 私がこの名前をとても気に入っているということだけは、どうか伝わりますように。
Novelber 2019」 05 トパーズ


 twitter上で行われていた「novelber」という企画に参加させていただいた作品。テーマは「トパーズ」。
 トパーズというと、やはり黄色い宝石を思い出すのです。猫の目みたいな色だなあ、と思って、こんなお話に。
 明治・大正時代の作品の雰囲気を醸し出したくて、ちょっと昔っぽい文体を目指しましたがどうだろう。
 なお、文中の「くだすった」は誤字ではないですよ。古い江戸言葉です。ビオロンはバイオリンのことですね。

(初出:Novelber 2019/2019.11.12)
2020.01.22



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