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〆切天国

登場人物
作家:男性(年齢指定なし)
天使:主人公を迎えにやってきた天使

○病院の一室
 一人の作家がベッドに横たわっている。
 ベッド脇の小机には書きかけの原稿用紙が置かれている。
 己の寿命を悟っている作家は、窓の外を見ながらこれまでの人生を振り返る。
作家「(独白)長いようで短い人生だったな」
作家「(独白)それでも、作家一筋で何とかここまでやってこられたんだ。何とも幸福なことだ」
 作家の回想。原稿用紙に向かう彼。担当と打ち合わせをする彼。初めて出版され店頭に並んだ本を見て感慨に浸る彼、など。
作家「(独白)ただ一つだけ、思い残すことがあるとしたら」
作家「(独白)あの話を完結させられなかったこと――」
作家「(独白)それだけが、心残りだ……」
 作家、静かに瞳を閉じる。
 暗転。

○天国の入り口
 重厚な門の前に立ち尽くす作家。門は大きく開かれている。
天使「天国へようこそ!」
 作家、突然の声にびっくりする。
 いつの間にか、目の前に一人の天使が佇んでいる。
作家「天国……」
天使「はい、天国でございます。ささ、参りましょうか、先生!」
 天使、腕をひっぱって門の中に作家を誘う。
作家「一体どこにだね?」
天使「いやですねえ、先生ったら。まだお仕事が残ってらっしゃるでしょう?」
作家「お仕事?」
天使「さあこちらへ!」

○図書館?
 天辺の見えない書架に囲まれ、無数の机と椅子が並べられた空間。
 あちこちで様々な人間達が机に向かっている。
 天使、そのうちの一つに作家を案内する。
天使「こちらが先生のお机です。原稿用紙に万年筆、資料も揃えておきました」
作家「こ、これは一体……」
 作家、机の上に広げられた書きかけの原稿用紙を見て愕然とする。
作家「これは、私の……」
天使「はい。先生の原稿です」
作家「なぜ、こんなものがここにあるんだね!?」
天使「実はですねえ、何か心残りがある場合には、まずそれを成し遂げていただく、という決まりがありまして」
作家「ってことは、この原稿を書き上げないと――?」
天使「ここから出られません(にっこり)」
作家「そんな――!!」
天使「ちなみに、〆切は終末のラッパが鳴り響いた時となっております」
作家「なにー!? 〆切まであるのか!!」
天使「はい、勿論。急がないと間に合わないかもしれませんよー」
作家「……ここまで来て〆切地獄か……」
 天使、ちっちっち、と指を振る。
天使「いやですね、先生。ここは地獄じゃありませんよ」
作家「……〆切天国か……」
 打ちのめされたような作家を見て、励ますように笑みを浮かべる天使。
天使「天国中の読者が、先生の作品を待ってますよ」
天使「(こっそりと囁く)実は、私も続きが気になっているんです」
 ややあって、気を取り直す作家。
作家「そう言われたら、書かずにはいられんじゃないか」
 作家、いそいそと机に向かう。天使はそれを嬉しそうに見守っている。
 さらさらと万年筆を動かしながら、ふと顔を上げる作家。
作家「(独白)こんな天国も悪くない、かな」
天使「ほら、手が止まってますよ」
作家「は、はいっ」


-終わり-


 「原作×漫画」の第三回募集に出したシナリオ。
 この話、随分前に「同人作家にとって一番の恐怖・死後に自分の原稿を家族などに見つけられて熟読される……」という怪談(笑) を聞いた時に思いついたネタだったりします。「いつまでも原稿に追われる」のとどっちが怖いかしら、と。
 こんな天国があったら……多分最後まで居座りそうな気がするんですが、私(笑) だって書いてる途中に別のネタが上がってきたりするから、永遠に「終わり」なんかない気がするんだもの……(^_^;)


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