記録
復活歴138年 五の月ニ日 雨

 昨日の夜からひどい雨が降り続いています。
 こうも降り込められてしまうと、気分も陰鬱としてきます。
 それはアルも同じことで、魔法薬の研究を途中で投げ出して、長椅子に寝そべってだらだらと過ごしていたところ、塔の地下倉庫からすさまじい音が轟きました。
 慌てて駆けつけてみると、地下倉庫の保管棚のいくつかが見事に倒れていて、濛々たる埃が舞い上がっていました。
 その半刻ほど前に、アルに言いつけられて倉庫へ行ったはずのハル君の姿が見当たらないので、慌てて呼びかけてみたところ、棚の下から「ここで−す」という声が。どうやら、上の棚に置かれていた箱を取ろうとして、梯子ごと倒れてしまったようです。
 幸いにも、うまく棚と棚の間の隙間に落ちていたので、潰されることもなくかすり傷程度で済んだハル君。結構、悪運は強いみたいですね。
「ひでーよおししょーサマ、いくら自分で取れないからってあんなとこの箱を取ってこいだなんて、なんつー弟子いびり?」
「誰がチビで手が届かないって!?」
 恒例の口喧嘩が始まりそうになったところで、二人の頭をわしっと掴んだ人がいました。
「ここで暴れるのはやめとくれ。また棚が倒れたらどうするんだい?」
 塔の倉庫全てを管理する倉庫番のカレンさん、通称《おかみさん》は、塔の魔術士の中でもかなりの古株で、恐らく三賢人に次ぐ発言力をお持ちの方。そしてみんなの頼れるお母さん役でもあります。山人だけあって腕っ節も強く、恐らく彼女に勝てる人などこの塔にはいないんじゃないでしょうか。
「さあて……倒壊した棚に積んであった魔具、実験器具、資材、その他諸々、ざっと見積もって240個――誰が元に戻すんだろうねえ?」
 彼女の凄いところは、何よりその記憶力。倉庫の在庫全てを完璧に把握しているという、まさに倉庫番にうってつけの《おかみさん》に笑顔で迫られて、アルもハル君も子犬のようにぷるぷると震えながら、
「もももももちろん、倒したのはオレなんで、ちゃーんと元通りにいたしますー」
「わわ、わたしも手伝っちゃうんだから〜。あー、なんて弟子思いの師匠なのかしらっ」
 と答えて、ようやく離してもらっていました。
 勿論、私もお手伝いして、夕食までにどうにか元通りに片付けることが出来ましたが、いくつか破損してしまったものもあるので、それはハル君の将来のお給料から天引き、ということになりました。
「そんな殺生な〜」
 頑張って早く出世すれば、その分返済も早まります。頑張ってくださいね、ハル君。

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