エピローグ

「二人とも、何てところから入ってくるんですか!!」
 窓から飛び込んできた仲間達の姿に、思わず寝台の上で後ずさったカイトは、ずり落ちた眼鏡をぐいと持ち上げながら、そんな抗議の声を上げた。
「お前、ツッコみどころはそこかよ」
 苦笑するエスタスの横で、アイシャがホッとしたような表情で呟く。
「起きてた。よかった」
「ええ、随分楽になりました。ご心配を――」
 そこでようやく、目の前の二人がふよふよと宙に浮いていることに気づき、今度は寝台から転げ落ちそうになるカイト。
「なななな、何で浮いてるんですか!?」
「気づくのが遅いよ」
 やれやれと肩をすくめつつ、手にしたお盆を机に置くエスタス。薬の効力は続いているようで、この状態だと椅子に座ることが出来ないのが難点だ。
「どうしたんですか二人とも!?」
 どうにか体勢を立て直し、そう尋ねてくるカイトに、何と説明をしたものかとエスタスが顎を捻る横で、アイシャがずずいと手にしていたお盆を突き出す。
「元気になる料理、作った」
 器に注がれたアイシャ特製の煮込みは、未だほかほかと湯気を立てている。見た目は絵の具でも入っているのかと思うほどの赤。これまでアイシャの手料理で散々泣かされてきただけに、素直に「はい」と言えるものはないだろう。
「は、はあ……」
 慄くカイトに、エスタスがずいと匙を差し出した。
「百聞は一見にしかず、だ。食べてみろよ!」
「なるほど。つまり、二人のその状態はこの料理と関係があるということですね? うーん……」
 苦手意識と知識欲を天秤にかけ、しばし唸っていたカイトだったが、どうやら知識欲が勝ったらしい。差し出された匙を受け取り、恐る恐る赤い汁に突っ込む。
「ど、どれどれ……」
 決死の覚悟といった形相で、匙を口に運んだカイト。そしてごくり、と嚥下し――。
「かっ……!!!」
 それきり言葉にならず、無言の悲鳴と共に悶絶しているカイトに、今度はエスタスが自分の持ってきたお盆から取って付きの器を取り上げると、ほらよと差し出した。
「まあ飲め」
 反射的に奪い取るようにして器を受け取り、一気に飲み干すカイト。それでようやく喉を通り抜けて行った激痛が治まったのか、ほっとした顔で口を開く。
「ああ、助かりましたエスタス。これはメイラ小母さん直伝の煮込みですね。いやあ、美味しいな、あ……??」
 最後まで言い終わらないうちに、カイトの体がふわりと寝台から浮き上がった。
「おお? おおおおお!?」
 まるで重さが失われたかのように、ふわりと宙に浮かぶ己の体に、驚きとも喜びともつかぬ奇声を発し、ばたばたと手足を動かして均衡を取ろうとするカイト。その脇を支えてやって、エスタスは苦笑交じりに呟いた。
「一口でこれかよ。どんだけ効き目の強い薬だったんだ?」
「効果は、抜群」
 満足そうにうんうんと頷くアイシャ。そして、ようやく自分で体勢を整えられるようになったカイトは、狭い客室内をふらふら飛び回りながら、はしゃいだ声を上げる。
「あはは、これは楽しいですねえ!」
「だろ?」
「元気、出た。よかった」
 にこにこと微笑み合う三人の背後、開け放たれた窓の彼方から、何やら歓声らしきものが響いてきた。
「おや、何だか騒がしいですねえ?」
「もしかして……これを飲んだのか?」
 なかなか戻ってこない二人に痺れを切らして、審査員達が味見をしてしまったのかもしれない。はたまた、好奇心の強い観衆が手を出してしまったのか。何にせよ、えらい騒ぎになっていることは間違いない。
「行こう」
「おう!」
「はい!」
 力強く頷き合い、壁を蹴って窓を飛び出す。
 そうして、三人の冒険者達は快晴の空の下、賑わう街を眼下に、村長達の待つ広場へと翔けていった。


いつかどこかで2・終わり

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