「ひっひっひ、何をお探しかね?」 頭巾の奥から響いてくるしゃがれた声に、あまりにもこの場にそぐわぬ二人はぽかーんと口を開け、そうして異口同音にこう答えた。 「ここはどこだ?」 「ここ、どこぉ?」 路地を飛び出して、広場への道を急いでいたはずなのに、気づけば雑然とした場所に出てしまった。 薄暗い通りに、これでもかとひしめき合う小さな露店。まばらな買い物客と店の人間が交わす声はどれもひそやかで、それが辺り反響して、まるで木々のざわめきのような、どこか人を不安にさせる響きとなって押し寄せてくる。 そして、そんな通りに迷い込んでしまった少女達に、紫色の液体が煮立つ怪しげな鍋を掻き混ぜていた老婆は、不揃いな歯を剥き出しにして笑ってみせた。 「知らずに迷い込んだか。ここはカラス通り――欲しいものは何でも揃う、闇市さね」 ここでは恋しい人を惑わす媚薬から魔獣の肝、伝説の魔道具から不思議な壷まで、対価さえ払えば何でも手に入る。それがカラス通り。 「なんでも?」 「ああ、なんでも。例えばお嬢ちゃんの好きな菓子でも、そっちのお嬢さんに似合いそうな夜会服でも、ここには何だってあるのさ。ただし――」 それ相応の対価を払えれば、の話だがね。そう言って不気味に笑う老婆に、しかし二人は嬉しそうな顔をした。 「じゃあ、ここでなら用心棒に言われた買い物も全部揃うな! 良かったよかった」 「るふぃーり、ちゃんと、かいもの、おぼえてる! えっとね、ほしにくにかたぱん、ほしあんずのさとうがけ、はっかあめ、かんそういも――」 「お待ち、お嬢ちゃん」 立て板に水の勢いで羅列していくルフィーリに、老婆はやんわりと制止の声を上げた。 「そういう普通の品物は、ここには置いてないぞえ。表の市場に行って求めなされ。ここにあるのは表に出せない曰くつきのものばかり――。ほれ、そこの店など」 柄杓で示した先は、武器や防具などが乱雑に詰まれた露店。店主は頭に布をぐるぐると巻きつけた、顔に傷持つ屈強の山人だ。 「あすこで売っとるのは、一度持てば手当たり次第に人に斬りかかる剣やら身につけると外せなくなる鎧、履くと踊り続ける靴、そんなものばかりじゃ」 「それって、呪われてるって言わないか?」 呆れ顔のローラに、声が聞こえたのか店主の山人がぎろりと鋭い眼光を向けてくる。 「なぁに、そういう需要もあるんじゃよ。それにその斜向かい」 次に示されたのは擦り切れた絨毯の上に小さな小瓶が並んでいる露店。店主は商売っ気がないのか、ごろりと横になって居眠りをこいている。 「きれいな硝子の瓶ばかりだな。あれも曰くつきの品なのか?」 「瓶はごく普通の硝子じゃよ。問題は中身の方さ。蚊の目玉、山羊の血、ヤモリの尻尾に猫の髭――。魔法薬作成に必要な材料が揃っとる」 うええ、と顔をしかめるルフィーリに、老婆はふふと笑って、さあてと柄杓を置いた。 「さて、ここに迷い込んだ子猫が二匹……毛並みも良いし、高く売れそうだのう〜」 ぎょっとして後ずさる少女二人に、老婆はにやりと笑みを浮かべる。 「さあて、どう料理してくれようか――」 「じ、邪魔したなっ! 先を急ぐので、失礼するっ!」 「るふぃーり、たべられる、いやー!!」 手に手を取って逃げていく少女らをにやにやと見送る老婆に、先ほど呪われた装備専門店と紹介された山人の店主が呆れた声を上げた。 「おいおいばーさん、脅かしすぎじゃないのか。っていうかうちの売りモンを勝手に曰くつきにするな」 「どうせどこぞの戦場から拾ってきたもんだろ」 ふん、と鼻を鳴らし、脱兎の如く去っていった少女二人の顔を思い出してくすくすと笑う。 「あのくらい脅かしておけば、もう来ないだろうて。ここはカラス通り――興味本位で首を突っ込めば、たちまち闇に引きずられる――おや、いらっしゃい」 通りかかった常連客に愛想笑いを浮かべて、老婆は掻き混ぜていた鍋を指し示した。 「新作の毛生え薬、試してみるかね?」 カラス通りを走り抜け、そこから無我夢中であちこちの角を曲がりまくって、開けた場所に出たところで、二人はようやく足を止めた。 「あー、驚いた」 「もう、だいじょぶ? おばーさん、こない?」 「ああ、大丈夫そうだ。さて――ここはどこだ?」 息を整えて、改めて辺りを見回せば、そこは活気ある広場だった。市が立ち、賑やかな声があちこちから響く。 「ここが星の広場か。凄い賑わいだな」 星を象った、洒落た図案の石畳。この場所こそ、当初の目的地『星の広場』に間違いない。 「よーし、買い物だ! 行こう、我が妹!」 「うんっ!」 威勢のいい売り声を聞きながら、目的のものを探す――はずだったのだが。 「わーい、あめ! おいしそう〜」 「こら妹……わあ、この菓子は珍しい形をしているな。一体どんな味がするんだろう」 歩き出した矢先、菓子の露店に引っかかって動こうとしないルフィーリをたしなめようとして、自身も足を止めてしまったローラは、一しきり菓子の品定めをしてから、ようやくはっと我に返った。 「おっと、いけない。頼まれ物を先に見ないと……ああ、そう言えばハッカ飴を買うんだったな」 「るふぃーり、はっか、いやー。こっち、いちごの、ほしい〜」 「しょうがないなあ、じゃあちょっとだけだぞ。すまない、このハッカ飴を一袋と苺の飴を一すくい頼む」 「はいよっ。お嬢ちゃん達、おつかいかい? 偉いねえ。じゃあちょっとだけおまけしてあげようね」 「わーいっ。ありがとー♪」 恰幅のいい女主人が飴を袋に詰める間に、懐から財布を取り出そうとして、おやと首を傾げる。 「おかしいな、確かにここに――」 |