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5

「ルファス神殿へようこそ。どのようなご用件ですか?」
 入ってすぐの受付で神官に尋ねられ、ライカは服の隠しから折りたたまれた紙を取り出して差し出した。
 受け取って読んだ神官の顔が段々青ざめ、読み終えるとあわてて席を立ち、神殿の奥に駆け込んで行った。
「まったく、どこの神殿も反応は一緒だな。なあ、ルナ。当の本人達はこんなに落ち着いてるのにな」
 ルナがその通りとばかりに笑う。
 すぐに先程の神官が、高司祭の長衣をまとった老人と共に戻ってきた。
「よくいらした、ライカ殿」
「突然お邪魔して申し訳ありません。事情は先程の手紙の通りです。こちらでも時間の歪みを観測しているかと思いまして……」
「手紙はセリン王国のルファス神殿からだったが……」
「こいつが」
 ライカはルナを指差した。
「現れたのが、セリン王国だったんです。というかオレの目の前にね。その時、時間の歪みをトゥーラン神殿とルファス神殿が感知したらしくて、すぐに押しかけてきたもんで……」
「なるほど、確かに当神殿でも二ヶ月ほど前から北大陸に時間の歪みを感知しておる。だが原因が分からずに皆で首を捻っていたところじゃ」
 受付にいた神官が高司祭の袖を引っ張り、高司祭はそこが神殿の入り口だったことに気づいたらしく、話をそこで一旦打ち切った。
「とりあえず中で。詳しい話はそこでいたそう」
 高司祭に案内されて、ライカはルナを抱えたまま神殿の奥へと歩いていった。
 その様子を神殿の向かいの軽食屋でジュースを飲みながら窺っていたサミュエルは、ジュースを飲み干すと代金を払って宿屋へと戻った。

 宿屋へ戻ったサミュエルは、頭の中を整理しようと頑張っていた。
 さっきの会話で分かったのは、ルナはライカの前に突然現れた謎の赤ん坊だということ。その時トゥーラン神殿とルファス神殿が、時間と空間の歪みを感知したこと。加えて今、北の半島に時間の歪みが起こっていて、ライカはそれを目指しているらしい、ということだ。
 それらを組み合わせ、更にサミュエルが気づいたルナの容姿からすると、導かれる結論は一つ。
『ルナは未来から来たサミュエルとライカの子供であり、何らかの事情で時間を越えてライカのもとにやってきた』
 時間を超えることは、ルファス神殿では禁忌になっていると聞く。時間の流れを乱すからである。だが、禁忌になっているだけで、それを行うことは理論上可能らしく、遥かなる昔には時間を超えて過去を見たり、未来を見た者がいると歴史書にはある。
 また、時間を超えるのは、時間の神ルファスの力を借りるほかにもう一つ方法がある。魔術を使うことだ。魔術は月におわす神、魔神リィームの与えた魔力によって、この世の中の法則を曲げたり書き換えたりする術で、生まれつき魔力を持つ者、つまり魔術士にしか扱うことは出来ない。だが魔術士だって一つの町に二人やそこらはいる。そして、遥かなる昔、北大陸アイシャスに魔法大国が栄えていた時代には、魔力を使って時間を歪める魔法を使っていたという記録もある。
 誰かが未来でその力を振るい。ルナを過去の時間に飛ばしたのだ。だが、何のため?
(……とにかく、時間を歪めることは本来いけないこと。世界の理を乱せば、それだけの反動が来る。そんなことにならないようにするには、早くルナを元の未来に戻してあげなきゃいけないんだわ)
 ライカが急いでいた理由がやっと分かった。そして、サミュエルに助力を求めた理由も。
 ライカにはきっと分かっていたのだ。この赤ん坊が二人の子供であることが。
(あたしは、ライカと結婚するんだ……)
(でも、なんでライカなんかと結婚するんだろう? 放浪癖があるし金銭感覚マヒしてるし、鈍感だし……)
(でもどっか、憎めないのよねー……)
(あたしももう考えなきゃいけない年頃だし……、あの辺で妥協するのもいいか)
(あたしがついてなきゃ、何するかわかんないんだから)
(大体、家庭を支えるなんて感覚はないだろうし、いつまで経ってもふらふらしてそうだし……)
 色々な思いが頭の中を駆け巡り、結局辿り着いた結論は――
(まあ、いっか。この旅が終わる頃には何かしら結論が出るでしょ)

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