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「秋祭りね。もうそんな季節か」
 上がり框に腰を下ろし、庭掃除を再開する文さんの様子をそっと窺う。
 『松和荘』の敷地内には銀杏や紅葉などの落葉樹が数多く植わっている。秋になるとそれらは大量の葉を落とし、そして文さんは毎日、朝から晩まで庭を掃いている。それはもう丁寧に、根気よく。その仕事ぶりには頭が下がるが、同時に少しもの悲しい気持ちにもなる。
「文さん、まだ落ち葉の季節は始まったばかりだよ。あまり根を詰めないように。気長に行こうよ」
 労いの言葉は、今年で何度目だろうか。そのたびに文さんは「ありがとうございます」と頭を下げて、それでも箒を動かす手を止めようとはしなかった。
 今日もまた文さんは丁寧な謝辞を述べつつ、その手はしっかりと竹箒を握りしめて、まばらに地面を染める落ち葉を力強く掃き集めている。そうして、玄関前をざっと掃き清めたところで、ようやく一息入れることにしたらしい文さんは、何やら決意の篭った瞳でこちらを振り返った。
「香澄さん。私、今年こそは未練を断ち切りたいと思いますの!」
 竹箒を手に、力強くガッツポーズを決める文さん。ああ危ない、そんなところで箒を振り回したら――と思った時には遅かった。竹箒の柄は玄関脇に立てかけてあった脚立にぶつかって、2メートルはあろうかというアルミ製の脚立がぐらりと揺れる。
「きゃあっ」
「文さん――!」
 咄嗟に手を伸ばしたが間に合わず、脚立は文さん目がけて倒れ込み――そして、その華奢な体をすり抜けて、そのまま地面へと転がった。派手な音が鳴り響き、近くの梢にとまっていたらしい烏が驚いて飛び去っていく。
「はあ、びっくりしました。香澄さん、お怪我はありませんか?」
 額の汗を拭うような仕草をして、そう尋ねてくる文さん。自分のことより他人(ひと)の心配をするあたりが、実に文さんらしい。
「かすってもいないよ。大丈夫。文さんこそ……」
「私は大丈夫ですわ。だって、幽霊ですもの」
 うふふ、と笑いながら、さらりととんでもないことを言ってのける文さん。
 そう――。『松和荘』のマドンナこと樫木文さんは、若くして病に倒れた明治時代の使用人――いわゆる『地縛霊』というやつだ。
 幽霊としてそこそこ年季が入っているからか、姿を消すのも見せるのも自由自在。物にも触れられるし電話も取れる。その一方で、壁や物をすり抜けたりも出来るし、その気になれば宙にも浮けるという、実に『何でもあり』な存在だったりする。
 そんな彼女の「未練」――それは「庭の落ち葉を一枚残らず掃き清める」こと。

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