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【3】


 惑星『ファーン』の『民』は、まだ誕生して間もない存在。ようやく自己を認識し出した幼子のような

もの。

 彼らに期待していいのか。

 彼らには、出来るのか。


 トゥーランの前に浮かぶスクリーンが、目にもとまらぬ速さで数式と文字をスクロールさせていく。

 その末尾に弾き出された数字を見て、トゥーランはため息をついた。

「……現状の『民』もしくは惑星『ファーン』に生きる全ての存在が、負の力の集合体である『邪竜』を

自らの力で打ち倒す確率は……限りなくゼロに近いね」

「私の試算結果も同じです」

 トゥーランの横で同じように画面を見つめていたルースが同意する。

 空を統べるもの。大地を統べるもの。この二人の出した結論は、ここに集う誰よりも確かなものだ。

「『魔』を操る者達の技術も、まだあれを討つには程遠い」

 同じくモニターを睨んでいたリィームが断言する。

 地上ではようやく、『魔』の力を効率的に具現させる『韻音律』を発見し、その研究が始まったばかり

だ。その研究こそ、魔法大国ルーンで盛んに行われているものである。

「……彼らには、まだ無理なのか」

 クストーが深く息を吐く。しかし、無理もないことだ。まだ試験は始まったばかり。これから長い、惑星

にとっては永遠にも等しい時を、彼らは見守り、そして導き続けなければならない。

 そう。彼らが直接手を下すことは許されていない。彼らはただ、ここで見守ることしか出来ない。

 『民』が願わぬ限り、彼らはどんな力も貸し与えることは出来ない。それが決まりだ。

 だからこそ今、彼らは悩んでいる。

「どうする?ガイリア。ユーク」

 クストーが視線を一点に向けた。残る全員の視線も、そこに集中する。

 十一人の神々、その中で彼らをまとめる二人の神。

 波打つ黄金色の髪の少女、ガイリア。

 漆黒の髪の少年、ユーク。

 二人は九人の討議を、たったの今まで静かに聞いていた。

「……地上からの祈りが、どんどん強くなっています……」

 こめかみを押さえるようにして、ガイリアはか細い声で呟く。彼女には聞こえているのだ。悲痛な

叫び、魂の悲鳴。彼女の生み出した命が、今この瞬間にも失われていくその命の嘆き声が、繊細な

彼女を苦しめている。

 そのガイリアの華奢な体を支えるようにしながら、ユークが口を開く。

「たくさんの命が恐怖を生み出している。このままじゃ、負の力は増大する一方だ」

「……結論は」

 クストーの言葉に、二人は声を揃えて言い放った。

「『勇者』」

 九人がそれぞれ、驚きを顔に現す。それほどに、それは意外な言葉だった。



 『勇者』。それは試験において、緊急事態が起こった場合に唯一とれる緊急措置プログラム。

 世界の均衡を調整する、光と影を併せ持つ存在。

 しかし、このプログラムには危険が付きまとう。

 『民』の進化を停止させてしまう危険性。強い調停者の存在はやがて『民』の拠り所となり、『民』は

勇者に頼り切って、自らバランスを保つ力を生み出さなくなる。

 その可能性は、現段階では極めて高かった。まだ『民』は弱き存在でしかなく、その中に出現する

『勇者』は『神』に等しい存在として認識されるだろう。

「……賭け、だね。でもあたしは賛成だ」

 長い沈黙を打ち破ったのはケルナだった。

「確かに『勇者』は危険性の高いプログラムだけど、あたしは『民』を信じたい。いつか必ず、『勇者』

を越えることを」

「……僕も、賛成。現段階では、この惑星は滅びの方向に進む可能性が極めて高い」

 トゥーランがケルナに続いて賛同の意を示す。

「私も、賛成です。まだ彼らの歴史は始まったばかり。ここで終わらせたくはありません」

 ルースの言葉に、セインが黙って頷く。

「きっと、きっとなんとかなるよ。アタシはそう信じる!」

 パリーが力強く言い、それを見て口の端に笑みを浮かべたアイシャスも、頷いて同意を示す。

「時の流れは止められない。早くしないと」

 ルファスがスクリーンに映し出された地上の映像を静かに見つめながら呟く。彼らと地上の時間

は等しく流れてはいない。彼らにとっての一瞬は、地上にとって一月とも一年ともなる。決断は早く

下さねばならない。急速に変化していく情勢は、圧倒的に『邪竜』に優勢だ。

「……規定によれば、全員の賛同でプログラムの封印は解ける。早くするんだな」

 リィームが他人事のように言い、クストーがガイリアとユークを見つめる。

「ユーク……」

「大丈夫。きっとうまく行くよ」

 二人は力強く頷きあうと、厳かに宣誓した。

「……十一人全員の賛同を確認。今ここに、緊急措置プログラムのプロテクトを解除することを

宣誓します!」

 二人の声がきれいに重なり、部屋の中心、ファーンを映すスクリーンに文字が光る。それは、封印

が解除されプログラムを走らせる用意が出来た事を知らせるもの。

「さあ、大仕事だ」

 誰にともなく呟くユークに、そっと頷くガイリア。

 チームリーダーは、誰であろう彼女。命と光を司る、金の髪の少女。

「では、はじめましょう」

 儚い印象の外見とは裏腹に、しっかりとした口調で彼女は告げた。





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