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【Epilogue】


 少年は、上空を見上げた。

 なにか光るものが空の彼方に見えた気がして、雲一つない青空を必死に見つめる。

「どうしたの?クーリオ」

 近くで野苺摘みをする姉の言葉に、少年は空を見たまま答えた。

「今ね、何か遠くで光った気がしたんだ」

 見上げる彼方は隣の大陸、アイシャス。今は魔法大国ルーンによって統べられているという、

氷に包まれた大陸である。

 魔法大国の方角で光ったものなら、何か魔法なのかもしれない。

 その遥かな光に、クーリオは何故か心惹かれた。

「そう」

 何気ない姉の相づちに、夢見るように彼方を見つめていたクーリオは、ハッと姉を見る。

 姉、レイシエルは目が極端に弱い少女だった。

 光に弱く、また遠くまで見渡すことが出来ない。生れつきのものだったし、日常にさほど不便はない為

本人も気にはしていなかったが。

 そんな姉に、あの光が見えるはずもない。それなのに自分は、考えなしに……。

「さあ!早く野苺を摘んで、母さんにお菓子を作ってもらおうね!レイシエル」

 突然野苺摘みに精を出した弟。そんな心優しい少年の心情を汲み取って、レイシエルは苦笑しつつ

自分も野苺を摘む手を早めた。

 弟の気遣いは嬉しいが、自分はさほど気にはしていない。

 目が弱いかわりに、レイシエルには別のものが見える。

 大地に、風に、水の中に。優しく笑いかけてくれる、精霊たちの姿。

 そんな彼らが告げている。もうすぐ雨が降るよと。早く帰らないと、冷たい雨に濡れてしまうよと。

 早くこの野苺を摘み終えて、家に帰ろう。そしてクーリオの言った通り、母さんにおいしいお菓子を

焼いてもらわなければ。

「ほらほら、レイシエル!早く早く!」

「分かってるわ、クーリオ。そんなに急かさないでってば」


 中央大陸の外れで、彼らは幸せそうに生きていた。

 それは、当たり前の日常が織り成す、とても小さな幸福だけれど。

 そんな日々こそが、かけがえのない宝物であることを、彼らは知っていた。





 最初にそれが目に入った時、リーナは太陽の光が反射しているのだと思った。

 きらきらと輝く光。近づくにつれ、それが人の姿をしている事に気付き、リーナはあわてて足を速めた。

 村外れの丘。子供達の遊び場である小さな丘の、精霊の木と呼ばれる大きな木の根元。

 その木陰に、一人の人間が倒れていた。

 長い金の髪はまるで黄金のように輝き、この辺りでは見かけない白い服は汚れ一つない。

 髪の合間から覗くその顔は、まるで彫刻のように整っている。

「ちょっと、しっかりして!」

 丘を必死に登って、リーナはその人間を抱き起こした。

 特に外傷は見当らない。とりあえず大丈夫だろうと判断して揺すってみると、少ししてその双眸が

ゆっくりと開かれた。

 空のような、そして海のような、青く澄んだ瞳。

「……ここは……」

 耳に心地よい、男とも女ともとれる不思議な声。

「ここは魔法大国ルーンの外れ、ルシャスの村よ。あなたはここで倒れてたの。でも、良かった。

特に怪我はないみたいだし、ちゃんと喋れてるし、大丈夫ね!でもこんなところで寝てたら風邪引く

わよ?いくらここが魔法の結界で外の世界とは隔絶されてるとはいえ、まだ春もはじまったばっかり

なんだから!寝るなら、あたしの家に来ていいわよ。みかけない顔だから、旅人さんでしょ?あたしの

家、村の長老の家だから。あ、あたしはリーナ。リーナ=マールクス。あなたは?」

 一気に耳に入ってきた情報に、金髪の人間はかなり戸惑ったようだったが、少しして情報が整理

できたのか、口をゆっくりと開いた。

「……私は、誰なのでしょうか……?」

「はぁ?」

 リーナの目が真ん丸に見開かれた。 



 不意に現れた記憶喪失の青年。それを世話する少女。

 青年のぎこちない笑みが、やがて心のこもった微笑みに変わっていく様を、少女はそれは嬉しそうに

見守っていた。

 やがて訪れる悲劇など知る由もなく、彼らはとても幸せそうに笑っていた。

 この幸せが、永遠に続くものだと信じて疑わなかった。






 ……そして。

 輪廻の輪に組み込まれ、地上で人として生きる『勇者』、『クーリオ』。

 パリーによって地上に送り出され、魔法大国ルーンにて保護された『勇者』、後にリーナによって

名付られた『リファール』。



 二人の『勇者』は時とともに姿を変え、名を変え、時にはすれ違い、時には対立し、ファーンの

歴史に刻まれていくことになる。



 それは、また別の物語だ。





 とにもかくにも、惑星ファーンは十一人の神々によって導かれる。

 『試験』の終了は、約『十一ヵ月』後。

 『試験』はまだ、続いている。





END.
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