扉を開けた瞬間、オルトの目に飛び込んできたのは、長椅子でくつろぐ大型犬の姿だった。
枯草色の毛並み、すんなりとした鼻筋。立ち上がればオルトの背丈など軽く越してしまうだろうその犬は、ひょいと長椅子から飛び降りると、ほてほてとオルトの目の前までやってきてぴたりと止まり、クゥン、と鳴いてみせた。
そのとぼけた表情は、まるで――。
「まさか……おっさん? なのか?」
恐る恐る尋ねれば、ワフン、と気の抜けた返事。ああ、これは――間違いない。
「いつか何かやらかすとは思ってたけどよ」
妙なものでも拾い食いしたか、怪しげな薬でも飲んだか。考えられる要因は山のようにある。
はてさて一体どうするべきか。
オルトの苦悩をよそに、空っぽの皿をてしてしと叩く犬。なるほど、腹が減っているらしい。姿は変われど行動は同じか、と思ったら、不意に笑いが込み上げてきた。
「ちょっと待ってろよ、おっさん」
「? 僕がどうかした?」
唐突な声に振り返れば、そこには見慣れた男の姿。買い物にでも行っていたのか、外套には粉雪がまとわりついている。
「おっさん!? えっ――じゃあ、この犬は……?」
「知り合いから頼まれて、明日まで預かることになってね。やあジュニア、大人しくしてたかい?」
よしよしと頭を撫でる手に、嬉しそうに尻尾を振る犬。そうやって並ぶとますますそっくりで、それがどうにも腹立たしい。
「――紛らわしいんだよ!」
「えっなにが」
* * * * *
「私が留守にしている間に、そんなことがあったのですか」
里帰り中の珍事に、少女はいたくご立腹だ。
「何で怒ってるんだよ」
「私もそのジュニアくんをもふもふしたかったのです! もう一日二日預かってくださればよかったのに!」
「そんなこと言われてもねえ。そもそも向こうの急な都合で預かっただけだし」
翌日、しきりと恐縮しながら引き取りに訪れた飼い主は、事の顛末を聞いてしばらく笑い転げていたが、帰り際に特大の爆弾を落としていった。おかげでオルトの気も晴れたので、彼女にもお裾分けしてやることにする。
「ちなみにジュニアは通称で、本名は『ユージーン』って言うんだと」
「!!」
「紛らわしいからやめてって言ったんだけどねえ」