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渇望
 《果ての塔》には何でもある。一生かかっても読み切れないほどの本、南の島の珍しい果実。王侯貴族しか使えない豪華な調度品。欲しいものはすべて揃えた。ここから逃げ出してしまわないように。
 ただひとつ、存在しないもの。それは『他人』だ。

「わざとだよ、わざと」
 当然だろう? と賢者は笑う。
「自分以外の存在が傍にいるなんて、かつての私には耐えられなかったんだ」
 だからこそ一切を排除して、世界の果てに引きこもった。世界から隔絶された場所で、たった一人。欲しいものは何でも魔法で生み出せる。退屈なんかしないさ、と息巻いて。

『結局、人恋しくなったんだろう? だからこうやって、意味もなく連絡してくる』
 鏡の向こうから響く冷ややかな声に、いやだなあ、と拗ねた声を出して。
「意味ならあるさ。君と話がしたかったんだ」
『生憎だが、こっちは忙しい。他を当たってくれ』
「つれないことを言うなよ。たまには老人の昔話に付き合ってくれたって良いだろう?」
『そんなに元気な老人がいるか。こっちは弟子が増えて忙しいんだ。じゃあな』
 ぶつり、と魔法が切れる。向こうから切ることは出来なかったはずなのだが、いつの間にか『鏡を伏せる』という強制遮断方法を思いついてしまったらしい。これは困った。何か別の連絡手段を講じなくては。
「人恋しい、ねえ」
 気づかないふりをしていた感情が、胸の奥底からぐんぐんと湧き上がってくる。
 ――ああ、きっとそうだ。私は、人が恋しい。
「今更、だけどね」
 手放してこそ分かるものがある。切り捨てたからこそ気づけるものがある。
 気づいてしまったからといって、それが叶うわけでもないけれど。
 まあでも、開き直るくらいは出来るかもしれない。


「……というわけで新しい通信魔法を考えてみたんだ! 《月鏡》って言ってね、月の光を媒介して――」
『……さては暇だな?』
「あー! 待って! 窓を閉めないで!」
Novelber 2019」 04 恋しい
 twitter上で行われていた「novelber」という企画に参加させていただいた作品。テーマは「恋しい」。
 恋愛ものは苦手なので、それ以外で何か……といろいろ考えたら「人恋しい」に辿り着きまして、一番そういう感情から遠そうな賢者サマにお出ましいただきました。
 ちなみに通話相手はユージーンではなく、「新たなる研究課題」に出てきた賢者です。

(初出:Novelber 2019/2019.11.22)
2019.12.25


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