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星詠みの姫
 その占い師は、街外れの(くすのき)に住んでいる。
 人一人がようやっと座れるような樹洞にすっぽりと収まって、日がな一日水晶玉を覗いている老婆。その人こそが、かつて『星詠みの姫』と呼ばれたアルベルティーナだ。
 そんな気恥ずかしい二つ名も、いっそ捨て去りたいくらい煌びやかな本名も、もはや過去のものだ。今はただ大婆だとか占い婆と呼ばれているし、その簡素な呼び名が気に入ってもいる。
 かつて大国のお抱え占星術師として重遇されていた美貌の占い師。彼女の水晶玉はすべてを見通す『目』だ。遙かな過去も、遠い未来も――そして数分後の来客も、ばっちりお見通しなのだった。
「やあ、アルベルティーナ。今日も星を見ているのかい」
 現れた昔なじみに、やれやれと苦笑を漏らす。
(わし)をそう呼ぶ者は、もうお前さんだけじゃよ。ユージーン」
 同じ十二番街の住人で、唯一彼女より年上なのが、この薄らとぼけたエルフの男だ。古代種の彼は見た目より遙かに長く生きており、数百年前の『大厄災』さえも体験している、まさに歴史の生き証人だ。
 それなのに、今の彼はどこからどう見ても『くたびれた中年エルフ』であり、『開店休業中の骨董店主』という肩書きで、辛うじて世間に認められているような存在だ。
「いい加減、その呼び方はやめてくれと言っておるじゃろ」
「だって、僕より年下の君を『大婆』と呼ぶわけにはいかないだろう?」
 見た目の年齢を追い越してしまったのは、もう五十年近く前のことだ。つまり、この不毛なやりとりも同じ年数だけ続いていることになる。
「実は頼みがあるんだ」
「ほぉ? お前さんが儂に頼み事とは、珍しいこともあるもんじゃな」
 彼は占いを必要としない。占い師が水晶玉を読み解くように、彼は世界そのものを読み解く力を持っている。
 だから彼が助けを求めてくるとしたら、もっと人間くさい何かだ。
「うちで預ってる子がさ、冬に備えて編み物を習いたいんだって。裁縫は出来るんだけど編み物の経験はないらしくて、教えてくれる人を探してるんだ。誰か、心当たりはないかな?」
 これはまた、予想外の『頼み』だ。長らく自分の世界に引きこもっていた男が、同居人が出来たことで随分と変わったらしい。
「何じゃ、そんなことか」
「心当たりがあるんだね? さすがは十二番街の生き字引!」
 他の住人ならともかく、この男にそう呼ばれると嫌味にしか聞こえないが、まあいいだろう。
「儂のところに寄越すといい。基本の『き』くらいなら教えてやれるじゃろ」
 もう昔ほど手が動かなくなってしまったが、今でも手遊(てすさ)びに首巻きや肩掛けを編むことがある。そろそろ何か編もうかと思っていたところだったから、ちょうど良い。
「君、編み物できるんだ。凄いねえ。じゃあ頼むよ。今度引き合わせるからさ」
 じゃあまた、と手を振って、くるりと踵を返すユージーン。のんびり屋に見えて、用事が済むと余韻もなく立ち去ってしまうのが、この男の悪い癖だ。
「お待ち、このせっかちエルフ。久々に顔を出したんじゃ、茶くらい飲んでいかんかい」
「えー、だって君の淹れてくれるお茶は苦いじゃないか」
「薬草茶は長寿の秘訣じゃよ」
「これ以上僕を長生きさせてどうするのさ」
「なに、お前さんには儂を見送ってもらわにゃならんのだから」
 占わなくとも、その未来はすでに見えている。
 誰よりも長生きの彼は、誰よりも出会いと別れを繰り返し――そして世界の終焉をも見届けるだろう。
「見送るのは、もう飽きたよ」
 だからさ、と微笑む、その横顔はどこか寂しげだ。
「長生きしてよね、アルベルティーナ」
「ふん、お前さんもな」
Novelber 2020」 12 樹洞
 twitter上で行われていた「novelber」という企画に参加させていただいた作品。テーマは「樹洞」。
 十二番街の片隅に暮らす《洞》の大婆のお話。このあと、彼女のところで編み物を教わった看板娘リリル・マリルが蛇のようなマフラーを編むことになります

 大婆の本名は「星を宿す樹」を書いたあたりからイメージしていたものがあって、それがなかなか思い出せなくて、書き上がっていたのに公開が遅れた思い出……。(いつものパターン)
 なお、街に来てからは面倒がって「アルバ」とだけ名乗っており、周囲はそれが本名だと思っているようです。

(初出:Novelber 2020/2020.11.23)
2021.01.14


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