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音楽筐
 《記憶の海岸》には、時々不思議なものが流れ着く。
 機械仕掛けの翼、壊れた鳥籠、錆びた長剣、書きかけの手紙――。
 世界の果てに打ち寄せるのは、記憶の欠片――世界の断片だ。
 ほとんどは壊れて使い物にならないが、ごくまれに新品同様のものも流れ着く。
「これは……オルゴール? なのかな」
 何日も前に打ち上げられた『それ』は、聞き慣れない音楽を奏でていた。
 一見すると銀色の箱だが、継ぎ目一つなく、錆びどころか汚れもない。
 どこから音が出ているのかも分からないし、どんな仕組みで動いているのかも分からないが、これはなかなかに面白そうだ。
「暇つぶしにはちょうどいいかな」
 そう思って拾ってみたのだが、三日と経たずに飽きてしまった。
 なぜなら――。

「ずーっと辛気くさい音楽ばっかり流すんだよ。気が滅入って仕方がない」

 仕掛けも動力も分からず、音楽が止められない。
 そして流れるのはやたらめったら暗い曲ばかり。
 これではただでさえ滅入りがちな隠居生活が、ますます辛くなってしまう。

「今は明るい音楽が流れてるじゃないか」
 訝しむ骨董店主に、いやはやと頭を掻く。
「ここに持ってきたら急に曲が変わったんだよ。いつもはもっと、じめーっとした音楽なんだ」
「不思議なオルゴールなのですね」
 興味津々で箱を見つめる看板娘。途端にまた曲調が変わる。今度は華やかな円舞曲だ。これは、もしかして――。
「そばにいる人間によって曲が変わっているのかな」
 だとしたら、と箱を手に取ると、またぞろ流れ出す短調の曲。
「……」
「……」
 思わず顔を見合わせ、同時に嘆息する。
「引き取ってくれないかな、これ」
「構わないけど、うちにずっと置いておくわけにもいかないよ。これでも客商売なんだから。手に取った客の心境を勝手に汲み取って奏でるなんて、色々と危険すぎる」
 確かにそうだ。まさに今、私が懸命に作り上げた『陽気で親しみやすい賢者』という印象が音を立てて崩れ落ちている気がする。

「……言っておくけど、私は別に陰気で根暗な人見知りじゃないからね?」
「誰もそこまで言ってないだろう」
Novelber 2020」 15 オルゴール
 twitter上で行われていた「novelber」という企画に参加させていただいた作品。テーマは「オルゴール」。
 骨董店に厄介なものを持ちこんできた《灰色の賢者》のお話。
 これ、実は「樹木の陰で」に入れる予定のエピソードなのですが、このお題を見た時にこれしか思いつかなかったので、先行してイメージだけ公開、ということで(^_^;)

(初出:Novelber 2020/2021.03.20)
2021.04.15


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