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継ぎ接ぎの空・2
 『世界樹の街』の空は繋がっている。
 世界樹による時空間と因果の接続だとか、何やら小難しい理屈があるようだが、空を往く者達にとって重要なのは「繋がっている」という事実だけだ。
 こうして空が繋がっているからこそ、オルト達『空便』配達員は、地上の『門』を経由せず、真っ直ぐに目的地へと向かうことが出来るのだから。
 とはいえ、その有り様は「縫い目のない一枚布」ではなく「色も柄も違う端切れを繋ぎ合わせたパッチワーク」のようなものだ。街区によって時間や季節が違うから、経路によっては朝と夜を繰り返したり、夏と冬を行き来する羽目になったりする。
 もっと頻繁に遭遇するのが極端な天候変化で、だからこそ配達員は街区ごとの天気を注視し、その日の装備を調える必要があった。
「一番街は汗ばむ陽気になりそう、だって。そろそろ夏だねえ」
「えっ、五番街は吹雪? どうしよう、急ぎの荷物があるのに」
「三番街は台風接近中だとよ。しばらく配達止まるな、これは」
 各街区の天気情報が貼り出されている掲示板前は、今日も配達員達でごった返していた。今日は各地で天気が崩れているようで、配達途中で引き返してきた者や、陸送に切り替えるため担当者と交渉している者などもいて、いつも以上の混雑ぶりだ。
 そんな中、午前の配達から戻って来たジャックは、人混みの中に見覚えのある後ろ姿を見つけて、思わず声を上げた。
「あれ、オルト?」
「おう、お疲れ。早いな」
「今日は少なかったんだよ。オルトこそ、今日は随分とゆっくりだね」
 普段なら始業と同時に飛び立っているオルトが、昼近くなっても局内に残っているのは非常に珍しい。
「さっきまで特急便の手伝いをさせられてたんだよ。まったく、人員不足だからって()き使うなよなあ」
 台詞とは裏腹に、どこか満足げな顔をしているのは、久々に全力で飛ぶことが出来たからだろう。
 二年ほど前、怪我が原因で通常便担当へと配置換えになったものの、オルトの飛行速度は今でも特急便に引けを取らない。だからこそ、人手が足りない時はここぞとばかりに駆り出されてしまうのだが、普段は一番街と十二番街の往復しかしていないから、たまに別の街区を飛ぶのはいい気分転換になるらしい。
「じゃあ、今からいつもの配達?」
「そういうことだ。えーっと……十二番街は、こっちと変わらずか」
 オルトが担当する十二番街は、本局のある一番街と季節のずれがほとんどなく、天候も似たり寄ったりだ。おかげで装備を替えずに済むのがありがたい。
「じゃあそのまま向こうで昼休憩だね。午後の分、代わりに仕分けとこうか?」
「ああ、頼むよ。それじゃ、行ってくる!」
 手紙や小包の詰まった鞄を肩に掛け、意気揚々と空便用玄関へ向かうオルト。空中へ張り出たデッキから一気に飛び出した灰色の翼は、あっという間に空の彼方へと消えていく。
「いってらっしゃーい」
 呑気に手を振るジャックの後ろで、職員が三番街と五番街の配達停止を掲示し、また廊下がにわかに騒がしくなる。
「あちゃー……五番街は陸便も停止だってよ」
「振り替えも出来ないのか、こりゃまた苦情が来るなあ」
 掲示板前は騒然としているが、すでに担当分の配達を終えているジャックは余裕の表情だ。
「いやー、一番街は平和でいいねえ」
 呑気なことを呟きつつ、控え室へ戻ろうと歩き出したところで、慌てた様子の職員に呼び止められた。
「ああ、ジャックさん! オルトさんを見ませんでしたか?」
「オルトなら、ついさっき配達に行ったけど?」
「ええっ!? 十二番街、これから大雨になりそうなんですけど」
「ありゃ」
 呼び戻そうにも、すでにオルトは飛び立った後だ。ジャックの翼では、今から追いつけるはずもない。
「……風呂でも沸かして待ってようか?」
「戻ってこられるかどうかの心配をしてくださいよ!」


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