小説

失われた物語

 人は死して神の国へと誘われる。ならば人の生み出したものは、一体どこへ行くのだろうか。「げえっ、何でこれがここに……」 天国の広大な図書館に収められていたのは、破棄したはずのプロットや投げ出したはずの未完原稿。「日の目を見ることなく失われた…

花紅柳緑

 王の寵愛を得るために、後宮の妃達は競うように着飾り、化粧を重ねる。 日毎に華やかさを増す女達を前に、しかし王は「美しくない」と首を横に振リ続ける。 王が召したのは貧相な下女。「この世のものとも思えぬ美しさよ」 化粧を知らぬ肌、飾らない笑顔…

優しい狐

 御用聞きから世間話に横滑りし、お稲荷さんの狐を壊して回った不届き者が捕まった、という話になったところで、小さき巫女はくく、と目を細めた。「あの辺りの狐どもは優しいのう。妾わらわなら即座に祟ってやるものを」「物騒なこと言わんでください。てか…

気の早い王様

 《あの世》に繋がる門が閉じた朝、街からかぼちゃが片付けられるのを待ちきれずに、王は赤い外套を身にまとう。「降誕祭の準備をせよ!」「良い子の調査が間に合いません」「トナカイが逃げた」「七面鳥もだ」 城も街も大騒ぎ。祭好きの王を満足させるため…

NNN

 『その時』は不意に訪れて、そしてヒトはそれに気付かない。 家から、街から、世界から、すべての猫が消える。まるで示し合わせたように、一斉にいなくなる。 ヒトはそのことを疑問にも思わない。「あら、どこに隠れてるのかしら」で済まされてしまうほど…

秋景

 VR世界《EDEN》にも秋が来た。木々は赤や黄色に染まり、澄み渡る空には赤とんぼが舞う。 絶景スポットは各所にあるが、なかでもこの《YAMATO》サーバは格別だ。夕焼けに染まる寺院を見ながら季節限定メニューに舌鼓を打つ、なんて贅沢も、比較…

Danser

 舞台袖で出番を待つ。 音楽が鳴ったら駆けていく。 タイミングに合わせてポーズを決める。 ただそれだけを考えて。 それ以外のことは体が覚えているから大丈夫。 音が鳴る。 震える足を一歩踏み出す。 眩い照明に包まれて、私だけの舞台が始まる。 …

とある時計職人の日課

 最初は、ただ鐘に祈りを捧げるだけだった。 そこに信仰心などなく、父の慣習をただなぞっていただけだ。 現実主義者だった父が『正確な時計を作るために欠かせない日課なのだ』 と真顔で述べていたのが不思議だったが、何のことはない。 父は、単に知っ…

夜明け前

 時計職人の朝は早い。 真っ暗な部屋を抜け出し、角灯の明かりを頼りに階段をのぼる。 鳩小屋の前を忍び足で通り抜け、やっとのことで鐘楼へと辿り着けば、安らかな寝息が聞こえてきた。「おーい、そろそろ起きてもらえませんかね」「ふわああああ、もう朝…

威嚇行動

 パン屋では常にトングを打ち鳴らして威嚇行動を行わねばならない。 何せこの店のパンと来たら、隙あらば客に飛びかかり、勝手にトレイの上を占拠しだすのだから。「新作だよ!」「定番だよ!」「美味しいよ!」「二つまとめて30%オフだよ!」 ええい、…

彼の右腕

1 辺境惑星ガナベラ 土埃にまみれた町。第一印象はその一言に尽きた。 定期便の航路もない辺境宙域の、更に端の端。かつては希少金属の採掘で賑わっていたというこの町も、今ではすっかり寂れてしまっている。 そんな場所だから、異邦人はどうしても人目…

新たなる研究課題

 ほんの気紛れで拾い育てることにした子供は、読み書きが出来ないばかりか、食事の作法さえ知らなかった。まあ、その程度のことを教え込むなど、賢者と謳われる私にとっては造作もない。問題は――。「よし、今日はここまでにしよう」 鐘の音を合図に本を閉…