PRAY ~花に願いを~ - 3/6

 駄目だ、少し休もう。
 途中、何度か小休止を入れてきたけど、流石にもう限界だ。
 手頃な木の根元にへたり込み、わずかに傾いた太陽を仰ぎ見ながら、誰にともなく呟く。
「のど、渇いたなあ」
 それにおなかも空いている。でも、水筒の中身はとうにからっぽ、食糧もほとんど底をついていた。
 すっかり軽くなった荷物に手を突っ込んで、最後のパンを取り出す。ますますかちかちになっているそれに齧りついてみたけど、口の中が乾いているせいだろう、うまく飲み込めなくて、喉につっかえた。
 苦しい、と思った瞬間、目の前にぬっと突き出された革の水筒。
 えっ、と思って顔を上げたら、そこにさっきの守人が立っていた。
「飲め」
「う、うん」
 恐る恐る水筒を受け取り、栓を抜いて一気に飲み干す。中身はただの水だったけど、この上なくおいしかった。
 やっとパンが喉を通って一息ついたところで、守人がぐい、と手を伸ばしてきたもんだから、僕は思わず悲鳴を上げそうになった。でも、彼が掴んだのは僕の手でも首でもなくて、すっかり空になった水筒の方だったから、ほっと胸を撫で下ろす。
 そんな僕に怪訝な顔をしながらも、水筒を手早く腰に戻した彼は、おもむろにこんなことを言ってきた。
「山頂は遠い。キオの足でも二日かかる。それでも行くか」
 キオ。どうやらそれが彼の名前らしい。そして、山頂までは山に暮らす彼の足でも二日。じゃあ、僕だったらもっとかかるんだ。
 それを聞いて少し決意がぐらついたけど、それでも僕は大きく頷いた。
 また呆れられたかと思ったけど、キオはただ一言、
「そうか」
 と言って、すとんと僕の隣に腰を降ろした。そして、まるで僕が食べ終わるのを待っているかのように、そこからじっと動かない。
 どうにも間が持たなくて、僕はおずおずと尋ねてみた。
「あの……僕を追い出さないの?」
「追い出されたいのか」
 不思議そうに言葉を返してくるキオ。それなら、と言い出しそうな雰囲気に、僕は慌てて手を振った。
「そうじゃないけど、だって君は守人なんでしょ? 侵入者を排除するのが守人の務めだって……」
 すると、キオはどこか誇らしげに、こう答えたんだ。
「キオは御山を荒らすものを許さない。お前は御山を荒らすものか」
 その言葉に、少し考える。そう、僕は山を荒らしに来たわけじゃない。ただ、山頂に咲く花の精霊に会いに行くだけなんだから。でも、もし……もしも、僕の願いを叶えた後に、その花が枯れちゃったりしたら、やっぱり僕は山を荒らしたことになるのかな?
「違う、と思う……」
 尻すぼみな僕の答えに、何故かキオは満足げに頷いてみせた。
「お前は頂を目指すもの。キオはそれを見届ける」
 その言葉に、思わず目を見張る。
「見届ける?」
「頂を目指せ」
 そう言って立ち上がるキオ。そして、動こうとしない僕を見下ろして、さも不思議そうに尋ねてきたんだ。
「行かないのか」
「い、行くよ!」
 僕は慌てて立ち上がると、荷物を背負って再び歩き始めた。そんな僕の後ろを、足音もなくキオがついてくる。
 
 こうして、僕達二人の道中が始まった。

 道すがら、飛び交う鳥の名を当てっこし、そびえる木々の種類を尋ね、地面に残った小動物の足跡に笑う。たくさんのことをキオは教えてくれた。僕もたくさん喋って、笑って、時に泣いた。
 日が落ちれば木のうろで眠り、朝になれば近くの清水で顔を洗って、水筒を満たす。おなかが空けば木の実をもぎ、小休止と言っては大木の枝によじ登る。いつの間にかどこまで高く登れるか競争になっていて、勿論キオには勝てなかった。
 段々と険しさを増す道。急斜面を滑り落ちそうになった僕に手を貸してくれたキオは、「お前は生まれたての鹿よりも歩くのが下手だ」と呆れながらも、擦りむいた膝を丁寧に手当てしてくれた。
 とにかく、見るもの聞くもの、全てが新鮮で。いちいち驚いている僕を見て、キオが笑う。屈託のない笑顔を見ていると、何だか僕まで嬉しくなってきて、いつの間にか重なり合った笑い声が、森のざわめきに溶け込んでいく。
 まるで昔からの友人のように、僕達はすっかり打ち解けて――そして、あっという間に時は流れていったんだ。