PRAY ~花に願いを~ - 4/6

 そうして、二日目の昼。
 とうとう山頂に辿り着いた僕達の目の前に、その花はつつましく咲いていた。
 夢にまで見た幻の花。精霊の宿る、白い花。
「こ、これが……?」
 かすれた声で呟く僕に、キオが静かに頷きを返す。
 その花は確かに美しかった。花弁は黄色とも黄緑色ともつかぬ、不思議な色合い。繊毛に覆われた華奢な茎は、今にも折れてしまいそうなほど。そして純白の花びらは――風に飛ばされたのか、たったの三枚しか残っていなかった。
 それでも。それでも、願いが叶うなら。

「花の精霊、僕の願いを叶えて!」

 答えは、なかった。
 白い花は風にそよぐだけ。花に宿るという精霊が出てくる気配もなく、僕の叫び声だけがこだまする。
 眩暈にも似た虚脱感に襲われ、僕はその場に膝をついた。
「……やっぱりあんな伝説、嘘っぱちだったんだ。花の精霊なんていやしない、願いなんて叶いやしないんだ!!」
 悲しかった。悔しかった。現れなかった精霊が、ではなくて、そんな子供だましの伝説を鵜呑みにして、ここまでやってきた自分自身の愚かしさが、途方もなく悔しかった。
 もう、母さんを救う手立てはない。必死にここまで登ってきて、得られるものは何もなかった。
 うなだれる僕の肩を、そっと叩くものがあった。
「何を願うつもりだった」
 相変わらずの、そっけない言葉。不躾な問いかけに、僕はつい声を荒げる。
「そんなこと、キオには関係ないだろ!」
 かっとなって振り返ったそこに、キオの真摯な瞳があった。
「何を願う?」
 穏やかな声に、湧き上がった怒気が瞬時に霧散する。キオに八つ当たりするなんて、なんてみっともない真似をしたんだろう。
 恥ずかしさに顔が赤くなるのが分かった。それでも、キオは僕を責めることなく、ただじっとこちらを見つめて、答えを待っているようだった。
「……母さんの病気を、治して欲しい」
 花びらの数だけ、精霊は願いを叶えてくれるはずだった。だから僕は、指折り数えて願いを呟く。
「あとはね、強くなりたい。母さんを守れるくらい、強く。それと……友達が欲しい」
 村の子供達から仲間はずれにされ続けた自分が悔しくて。それでも、自分を変える勇気がなくて、僕はいつだって俯いてばかりだった。
 そんな弱虫な僕に、友達が出来るはずもない。だから僕はいつも一人ぼっちで、そんな僕を母さんはいつも心配していて……。
 ぐっと胸がつまって、目が熱くなる。込み上げてくる涙を見られたくなくて下を向いた僕に、キオは一言、
「……そうか」
 と呟いたかと思うと、やおら風に揺れる花の前にしゃがみ込み、周囲の土を掘り返し始めた。
「キ、キオ!? 一体何を……」
「この花の根はいい薬草になる」
 え?
 思わず首を傾げる僕に、根を掘り返したキオはそれを丁寧に抜いて布にくるみながら、にっこりと笑ってみせた。
「お前はここまで来た。大人でもくじける道を、諦めずに進んだ。だからお前は強い」
「キオ……」
 驚きの余り、言葉が出ない。
 花が、薬になる? それで僕の母さんが、良くなるかもしれない?
 そしてキオはなんと言った? 僕を、こんな僕のことを強いと、言ってくれた?
 目を丸くする僕を尻目に、キオは黙々と作業を続けていた。花をそっと袋にしまい込み、手や膝についた泥を払い、そして――
「帰ろう、友よ。お前の村まで送っていこう」
 差し出された、手。
 そっけなく紡がれた、友という言葉。
 何かの間違いだと、そう思った。そうして戸惑う僕に、キオは真摯な瞳で問いかけてくる。
「キオは友の名を知らない。教えてくれるか」
 友。間違いなく彼は、僕をそう呼んだ!
 嬉しさが体の奥からこみ上げてきて、とびきりの笑顔の形になる。
「ニルス。僕は、ニルスっていうんだ」
 差し出された手をぎゅっと握り、僕はやっとのことで、自分の名を口にした。
「ではニルス。願いは叶ったか」
「うん!」
 大きく頷いた僕をぐい、と引き起こし、キオはさあ、と来た道を示す。
 そうだ、早く村に帰って、母さんにこの花を届けなきゃ!
 歩き出したその時。それまで頭上を覆っていた雲が僅かに切れて、太陽の光が差し込んできた。
 清廉な光は、僕らを祝福しているようでもあり、帰り道を照らしてくれているようでもあり。
 何だか嬉しくなって、ふと傍らを見れば、そこには同じく、空を仰いで静かに微笑んでいるキオの姿。
 その背中から覗く純白の花は、柔らかな風に揺られて、まるでくすくすと笑っているようだった。

 山の頂に咲く白い花
 精霊の宿るその花は
 花びらの数だけ
 願いを叶えてくれるという……

end.