クリムゾンゲート - 2/5

「行こうぜユート! 冒険の始まりだ」
 そいつは今日もそう言って、俺の前に現れる。
「だから何度言わせれば分かるんだ。お前みたいなガキに呼び捨てにされる覚えはない」
 声を荒げる元気もなく、すっかり言い飽きた台詞を投げつける。するとそいつは、小鳥のように首を傾げて、やはり毎度同じ言葉を返してくるのだ。
「だって、お前はユートじゃないか」
 ああそうだ。確かに俺の名前は優人だ。だけど、どんなに多く見積もっても高校生くらいの、しかもこんなとんでもない格好をして臆面もなく街中をうろつくような子供に知り合いはいないし、ましてや親しげに名前を呼ばれるいわれもない。
「毎日毎日、あっちこっちに出てきやがって、一体どういうつもりだ?」
 この妙なガキにまとわりつかれるようになって早一週間。最初は同僚か、それとも大学時代の友人か何かが仕組んだ悪戯かと思った。もしくはあれだ。今時流行らない、ドッキリカメラ。
 しかし悪戯にしてもドッキリにしても、一週間もネタばらしがないのはおかしい。
 しかもこのガキ、他に人がいる時には絶対に姿を現さず、現れたかと思うと言いたいことだけ言って、どこかに消えてしまう。

 ここのところ休日返上で仕事をしているから、とうとう疲労がピークに達して幻覚を見るようになったのかとも思ったが、幻覚にしても訳が分からない。
 一人悩む俺を尻目に、そいつは嬉々として「冒険」とやらについて語り続ける。それもいつものことだ。
「次はタルキスの洞窟を目指すんだろ? この間のトルファンも面白かったけど、ミリのヤツが吊橋で尻込みしてなかなか前に進めなくてまいっちゃったよな。ラギは『修行が足りん』の一点張りだしさあ……」
 どこかで聞いたことのあるような単語も時々出てくるのだが、粗方はまるで子供向けの小説に出てくるようなおとぎ話ばかり。大鷲に掴まって山を越えるだの、魔法の船で空を翔けるだの、まるで夢みたいなことばかり言ってくるコスプレ小僧。そして話の締めくくりは必ず、この台詞。
「行こうぜユート。あのゲートを越えて」
 澄んだ瞳で見つめられて、溜息と共に紫煙を吐き出す。
「俺はお前なんか知らないし、冒険ごっこに付き合う暇もない。他を当たれ」
 くるりと踵を返そうとして、窓の向こうに沈む夕日に一瞬目を奪われた。
 ヤツの髪と同じ、オレンジがかった赤。
 その瞬間、脳裏を過ぎった『何か』に、思わず振り返る。
 そしてやはり、そこにヤツの姿はなかった。