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無月
 『彼女』と出会ったのはそう、月のない夜のことだった。

 待ちに待った中秋の名月も、分厚い雲に覆われては愛でようがない。
「これは無理だなあ」
 せめて雰囲気だけでもと、軒先に出しておいた縁台を片付けようと外に出て――そして出会ったのだ。
 艶やかな黒い毛並みに金色の瞳。しなやかな長い尻尾の先だけが、リズムを刻むようにピコピコと揺れている。
「おや、お客さんかい」
 この辺りは地域猫が多いから、きっとそのうちの一匹だろう。
「ニャ」
 こちらを認めて短く鳴いたのは「お邪魔してるよ」という意味だろうか。片付けようとしているのを察したのか、縁台から下りようとするのを慌てて止める。
「気に入ったならこのまま置いておくよ。存分に使うといい」
「ニャオ」
 分かった、とでも言いたげに、再びすとんと腰を下ろし、しゅるっと丸くなる猫。
「……隣に座ってもいいかな?」
「ニャン」
 どうやらお許しを得られたようなので、縁台の端に腰掛けて、気ままにくつろぐ猫をじっと見つめる。
「ニャア?」
 何を見てるんだ、とばかりに見上げてくる瞳は、まるで満月のよう。

 ――ああ、たとえ空に月がなくとも。
 地上の『月』を愛でることだって、立派な『お月見』と言えるだろう。
Novelber 2020」 16 無月


 twitter上で行われていた「novelber」という企画に参加させていただいた作品。テーマは「無月」。
 「無月」は月のない夜、特に「中秋の名月が雨や曇りで見えない状態」のことを指すそうです。

 こちらは「ゆめみの町」にある「我楽多屋」さんの店主と、後に看板猫となる黒猫の出会いのお話。
 後に、猫の名を「無月」とつけたのですが、誰もそう呼ばずに「クロ」とか「クロちゃん」と呼んでいるようです……。店主は大抵「お前さん」って呼んでるから、誰も猫ちゃんの本名を知らないのだった…。(動物病院の受付の人と先生だけ知ってる)

(初出:Novelber 2020/2021.02.17)
2021.04.20


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