『彼女』と出会ったのはそう、月のない夜のことだった。
待ちに待った中秋の名月も、分厚い雲に覆われては愛でようがない。
「これは無理だなあ」
せめて雰囲気だけでもと、軒先に出しておいた縁台を片付けようと外に出て――そして出会ったのだ。
艶やかな黒い毛並みに金色の瞳。しなやかな長い尻尾の先だけが、リズムを刻むようにピコピコと揺れている。
「おや、お客さんかい」
この辺りは地域猫が多いから、きっとそのうちの一匹だろう。
「ニャ」
こちらを認めて短く鳴いたのは「お邪魔してるよ」という意味だろうか。片付けようとしているのを察したのか、縁台から下りようとするのを慌てて止める。
「気に入ったならこのまま置いておくよ。存分に使うといい」
「ニャオ」
分かった、とでも言いたげに、再びすとんと腰を下ろし、しゅるっと丸くなる猫。
「……隣に座ってもいいかな?」
「ニャン」
どうやらお許しを得られたようなので、縁台の端に腰掛けて、気ままにくつろぐ猫をじっと見つめる。
「ニャア?」
何を見てるんだ、とばかりに見上げてくる瞳は、まるで満月のよう。
――ああ、たとえ空に月がなくとも。
地上の『月』を愛でることだって、立派な『お月見』と言えるだろう。