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3.パラダイス・オー

 物悲しげなメロディーを頼りに茂みを抜ければ、群青色の空を背に佇む石造りの古城。茨に覆われた城壁の隙間、壊れかけた通用門を潜り抜ければ、広大な庭を埋め尽くす緑の迷路。すぐそばに見えているお城の入口にはいつまで経っても辿り着けない。
 あてもなく歩き続ければ行き止まりにぶつかり、また引き返す。それを何度繰り返したことだろう。すっかり疲れ果て、袋小路に座り込む。
(――ああ、これは夢だ)
 唐突に悟った瞬間、目の前の風景が滲み出す。
 そう、これは失われた過去。遥か昔、彼がまだ『普通の少年』だった頃の、淡い思い出。
(茨の城……そう、あれは……)
 長期休暇を利用して訪れたリゾートコロニーは、何もかもが刺激的だった。美しいガス惑星が一望できる展望デッキ、遊園地やプール、映画館や遊技場。そして――。
『茨の城に入れるのは、王子様だけなのよ』
 生い茂る茨の向こうで、そう言って寂しそうに微笑んだのは、誰だったのか――


 げしげしげし。
「いってえ!」
 頭皮に食い込んでくる鋭い爪によって、午睡の淵から容赦なく引き上げられる。飛散する夢の残滓を振り払うように手を振れば、これまた容赦なくがぶりと噛みつかれた。
「いててて……キング! 何しやがる!」
『イツマデ寝テンダヨ。到着シタゼ』
 その言葉に、頭の中にかかっていた靄が一気に吹き飛んだ。
 連邦警察との追いかけっこを楽しんでいたら、たまたま近くまで来てしまっただけだ。それなら暇潰しがてら、惑星フェリスを見に行くのもいいかもしれない――。
 そんな苦しい言い訳を茶化さずに聞いてくれた皮肉屋の相棒は、フェリスまでの最短ルートを即座に弾き出し、更には『着クマデ寝テロ』などという優しい言葉までかけてくれた。
『ころにーガ目視デキル距離マデ、アト五分テトコダ。今ノウチニ腹拵エシトケ』
「りょーかい」
 操縦席の背もたれを戻し、コンソール横に用意されていた携帯食を掴み取る。
「それにしても珍しいな、キング。お前がこういう面倒事に首を突っ込むなんてさ」
 高カロリーのゼリー飲料をすすりつつ聞いてみると、有能なる鳥型ロボットは肩の上でぷいっとそっぽを向いた。
『りくえすとヲ見レバ人トナリガ分カル。『茨姫』ノりくえすとハ名曲バカリダッタ。コウイウりすなーハ大切ニシナイトナ』。
 思い返せば、海賊放送を始めたばかりの頃は、音楽に疎いレオンの代わりにキングが選曲を担当していた。様々なジャンルから隠れた名曲をリクエストしてくる『茨姫』は、彼にとって貴重な情報源というわけだ。
「リクエストは数字のゴロ合わせだっただけだろ? それで人となりが分かるかい?」
『数字ノ入ッタ曲ナンテ、ソレコソ星ノ数ホドアル。ソノ中カラ、アレラノ曲ヲ選ンダせんすハ秀逸ダゾ』
 例えば、と薀蓄を語り出す前に、空になったゼリー飲料の容器を振って話を遮る。こと音楽に関しては一家言を持つキングだ、語り出したら小一時間は止まらない。
「そろそろ見えてくる頃か。画面に出してくれ」
『了解』
 不貞腐れたような返事と共に、メインモニターが青い惑星を映し出す。
 訪れる観光客がいなくなった今も、惑星フェリスはただひたすらに美しい。目まぐるしく変化する青のグラデーションと、遠くからは金属の輪のようにも見える大きな《環》。ある詩人は『漆黒の闇に浮かぶ青き女神』と謳い、またある歌手は『非情なる天使のチャクラム』と歌った。そんな惑星を一望できる位置に浮かんでいる《パラダイス・オー》は、遠目からは事故の痕跡など見当たらず、今日もたくさんの観光客を出迎えているように見えた。
 しかし近づくにつれて、そこがもう『廃墟』であることが嫌でも分かる。あちこちに灯っているはずの誘導灯は完全に沈黙しており、事故現場である発着場に至っては、どこが係留施設でどれが連絡橋なのかも判別が出来ないほどに損壊していた。
「まるで、砲撃で空いた穴だな」
『似タヨウナモンダロ。時速数百㎞デ突ッ込ンデキタ、数百tノ砲弾ダ』
 あの日、コロニーで起こった追突事故は、古い貨物船の操作ミスによるものだった。発着場の手前で減速して停止するはずが、どういうわけか加速して発着場に突入。電磁ネットも防御シールドも間に合わず、停留していた定期船や個人の船を巻き込んで大爆発を起こし、記録に残る大惨事を引き起こしたわけだ。
 貨物船が補給用の燃料を大量に積んでいたことも、被害を拡大させた。爆発の影響でドーム部分が破損、空気の流出が起こり、魅惑のリゾートコロニーは一瞬にして惨劇の舞台と化した。
 事故から約半年、《パラダイス・オー》は今も復旧の目途が立たず、閉鎖されたままだ。進入禁止サインを表示した浮標(ブイ)が申し訳程度に配置されているのみで、ロクな警備もされていない。
「コロニー内部に空気は残ってないとみた方が良さそうだな」
 だとしたら尚更、生存者の望みはない。しかし――。
「キング、コロニー内の地図を出してくれ」
 船外活動用のスーツに身を包み、ヘルメットを被る。警察の発表が信じられないわけではないが、自分の目で確かめないことには、納得できない性分だ。それが分かっているからこそ、この偏屈な相棒も黙ってここまでお膳立てをしてくれたのだろう。
『内部ノ警備装置ハ動イテナカラ遊ビ放題ダ。タダ、ころにーハ広イ。無闇ニ探シ回ルノハ得策ジャナイゼ』
「大丈夫。居場所の目星はついてる」
 不思議そうに小首を傾げる相棒に、したり顔でマップの一点を示す。
「お姫様がいるところは『お城』に決まってるだろ」

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