「エルクー!! どこにいるんだー!?」
 大声で呼びながら、渦巻く霧を掻いて進む。まとわりつくような冷たい霧は、ラーンの体温を容赦なく奪っていくようだ。不意に大きなくしゃみが口から飛び出して、呻きながら鼻をすする。
「もう夏だぜ、おかしいだろこの寒さ」
 鳥肌の立った二の腕を擦りつつ、日除けに被っていた布をぎゅうぎゅうと体に巻きつけて暖を取る。
「よし、これでいい。おーい、エルク!! ついでにロキ!! どこだー!!」
 霧に負けじと声を張れば、その馬鹿でかい声に呼応するように、近くから茂みの揺れる音がした。
「エルクか!?」
 歓喜の声を上げ、音のした方へ走れば、茂みの向こうにうずくまる人影が見える。
「おい、大丈夫か――あれ?」
「やあ、どうも」
 霧の向こうで待っていたのは、エルクやリファとは似ても似つかない、質素な身なりの青年だった。怪我でもしているのか、茂みに寄り掛かるように座り込み、困ったような顔で笑いかけてくる。
「君も迷ったのかい? 僕もなんだ。もうどのくらい歩き回ったかな。さすがに疲れちゃってね」
 旅慣れた様子もないし、荷物を持っていないところを見ると、近くの村人か何かなのだろう。
「俺はラーン。旅の剣士だ。迷子になった仲間を探してるんだが、見かけなかったか?」
 しゃがみ込んで尋ねると、青年はいや、と頭を振った。
「随分と歩き回ってるけど、君以外の人には会ってないよ」
「そうか……」
 肩を落とすラーンに、申し訳なさそうに頭を掻く青年。
「力になれなくてすまないね。僕もこの谷には長いこと通ってるんだけど、ここまで霧が酷いのは初めてだよ」
「そうなのか?」
「うん。まあ、この霧は彼女が谷に立てこもっているからなんだけどね」
「彼女?」
 不思議な言葉に目を瞬かせるラーン。そんな彼に、青年はおやおや、と苦笑を漏らした。
「なんだ、知らないでこの谷に来たのかい? ここは魔女の谷。《霧の魔女》フォスキアが暮らす谷さ」