「ロキったら、一人で飛び出しちゃ危ないでしょう?」
『ごめん』
 肩の上でしゅんとなるロキをよしよしと撫でつつ、困ったなあと周囲を見回す。ロキを追いかけて深い霧の中に飛び込んだエルクは、ものの見事に迷子になっていた。ロキと合流できただけましだが、闇雲に走ったせいで、どちらから来たかも分からない。
「ラーンさーん! リファさーん!」
 大声で呼びかけてみるが、返事はない。それどころか、すべての音が霧の中に吸い込まれているように感じる。風の音や鳥の囀りなど、普段だったら気にも留めないような周囲の音。それらが一切聞こえてこない無音の空間に立ち尽くしていると、言いようもない不安が足元から絡みついてくるようだ。
「そう言えばロキ、さっき何か見えるって言ってたっけ?」
『あっち、ひかり、みえる。なにか、ある!』
 器用に前足を伸ばして、前方を指し示すロキ。エルクの目には真っ白な霧以外、何も見えないのだが、彼の目にははっきりと何かが映っているらしい。
「僕にはよく見えないんだけど、どこ?」
『ほら! あっち!』
 もどかしげに霧の彼方を指差していたロキだが、ちっとも気づかないエルクに業を煮やし、その小さな体全体を使ってぐいぐいとエルクの顔を押し始めた。ひんやりとした鱗が頬に当たり、思わず悲鳴を上げそうになる。
「冷たいよロキ……あ! あれのこと?」
 ロキが向けてくれた方向に目を凝らすと、霧の向こうに小さな光が見えた。
『そう! あれ!』
 えっへんと胸を張るロキの頭をよしよしと撫で、さてと腕を組む。
「どうしようかな」
 二人からは、迷子になったらその場を動くなと言われている。互いに探し回っては時間と体力ばかり消費してしまうからだ。しかし、この冷たい霧の中でじっとしているのもかなり堪える。足元は湿った地面だし、身を寄せられるような大木を探すのも骨が折れそうだ。
 あの光を目指してみるべきか、それとも言いつけ通りにこの場所で二人を待つべきか。難しい顔をして悩んでいるエルクに、ロキが不思議そうに首を傾げた。
『エルク、いかない? なぜ?』
「……そうだね。ここでじっとしてても風邪を引くだけだし、あの光のところまで行ってみよう!」
 もし二人がここまで探しにやってきた場合を考えて、腰に巻いていた飾り紐を一本引き抜くと、近くの木の枝に結びつける。
「通ったところにこうやって目印をつけておけば、二人にも分かってもらえるよね」
『エルク、すごい! じゃ、ロキ、こうする!』
 ぽんと肩から飛び上がったロキが、その鋭い爪で木の幹に矢印を刻みつけた。
「わあ、これなら分かりやすいね」
『ロキ、すごい? すごい?』
 褒めてと言わんばかりに瞳を輝かせるロキの頭を撫で、そっと肩に乗せる。
「さあ、行こう!」
 そうして、一人と一匹は深い霧の中を慎重に歩き出した。