2.律動する大地
 大地溝は知る人ぞ知る、薬草と鉱物の宝庫だ。ランカ村では昔から、これらを採取して薬や染料を作り、それを町へ卸すことで生計を立ててきたという。
「鉱物の採掘は職人さんがやるんですけど、薬草摘みなら子供でもできますから。早い子は五歳くらいから親について薬草摘みの手伝いをするんです」
 手際よく薬草を摘み取りながら説明をしてくれたのはエルクだ。村の大人と子供、総勢十名ほどが谷へと降りていた。薬草を採取する場所と量はあらかじめ決めてあり、村人達は黙々と草摘みに没頭している。
「ラーンさん、それは違う花ですよ」
 鋭い指摘に慌てて手を引っ込めるラーン。その様子を見て、周囲の子供達がくすくすと笑いさざめく。
「俺には同じように見えるんだけどなあ」
「全然違うよー」
「お兄ちゃん、大人なのに見分けつかないなんておかしいの!」
「悪かったなあ!」
 元来、大雑把な性格のラーンには、こういった繊細な作業はどうも向いていないらしい。しばらく粘って見分け方を教わっていたが、とうとう投げ出して辺りをぶらぶらし始めた。
「ラーン! あまり遠くへ行かないで下さいよ!」
 相棒に釘を刺しつつ、村人達に混じって薬草摘みに精を出すリファ。その手際の良さに、周囲の村人が手放しの称賛を送る。
「おやまああんた、なかなかどうして堂にいってるじゃないか」
「魔法使いだって? 薬の調合なんかもやるのかい?」
「ええ、まあ。簡単な傷薬や煎じ薬程度なら作りますよ」
「そりゃあいい、長くいるなら調合の方も見てってくれよ」
「ええ、喜んで。ちなみに、ランカ村特製の薬というのはどんな種類のものなんですか?」
「一番人気なのは何と言っても風邪薬だわね」
「あとは腹下しに効く薬と、最近は虫除けのお香なんかも作ってるんだよ」
「それはいいですね。ぜひ調合方法を教えていただきたいものです」
 薬草を積むのも忘れて話に夢中になっている彼らを横目に、子ども達はせっせと指定された薬草の葉や新芽を摘み取っている。ラーンを笑うのも頷ける手際の良さは、常日頃から真面目に手伝っている証拠だ。
 そんな中、彼らから少し離れたところで採取をしていたエルクは、足音もなく寄ってくるラーンの姿を見つけて草むらから顔を上げた。
「ラーンさん、どうかしましたか?」
「いやほら、昨日お前が言ってた《竜の眼》って、この近くにあるのか? 話のタネに見てみたいなーなんて思ってさ」
 どうせ俺はカミツレと夏白菊の区別もつかないしよー、といじけてみせるラーンに、エルクは最初なんてみんなそうですよ、などと慰めの言葉を紡ぎながら、すっかり話が盛り上がっている大人達を振り返る。
「そうですね、そろそろ採取も終わりそうですから、ちょっと抜け出して見に行きましょうか」
 ねえザドリ、と近くにいた子供達へ呼びかけると、一番手前にいた黒髪の少年が作業の手を止めて、ぶっきらぼうに「何だよ」と返してきた。
「ラーンさんが《竜の眼》を見たいっていうから、案内してくるね」
「まだ薬草摘みの途中だろ! 勝手なことしていいのかよ!?」
 険のある声に、思わずむっと眉をひそめるラーン。その顔を見ただけであからさまに怯んだ少年に、エルクは小さな子供に言い聞かせるように、丁寧に畳み掛ける。
「もう予定の量はほとんど摘み終わってるし、あとの選別作業は大人の仕事だから、僕達がやることはもうないでしょう?」
 その言い方にますます不機嫌になる少年だったが、後ろでラーンが睨みを利かせているので否とも言えず、ぷいとそっぽを向いた。
「勝手にしろよ! その代り、さっさと帰ってこないと置いてっちまうからな!」
「分かってるよ。ラーンさん、行きましょう。すぐそこですから」
 ラーンの腕をぐいと取り、谷の奥へと駆け出すエルク。付き合って早足で歩き出しながら、ラーンはいつまでもこちらを睨みつけている少年にへらへらと手を振って、彼が目を吊り上げたのを見届けてから悠々と背を向けた。