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「……ばあや、まだ歩くのか?」
「あと少し、あと少しでございましてよ。ああ、段差がありますのでお気をつけて」
 ほとんど拷問に近い時間を何とか乗り越えたと思ったら、お次はなんと、目隠しをした状態で延々と歩かされた。
 果たして、これは本当に誕生会なのだろうか。目を開けたら見合い相手がずらりと待ち受けている、などという展開だったらどうしてくれよう。
 一抹の不安を抱きつつ、乳母に手を引かれて歩き続けること、十数分。
「さあ、着きましたよ!」
 少し先でギィ、と扉が開く音がしたかと思えば、どっと押し寄せる熱気と、そして花の香り。
「お待たせ、ジーナ」
 聞き慣れた声が飛んできたかと思えば、目隠しが外されて、視界がぱっと開けた。
「ここは……!」
 目の前に広がっていたのは――花が咲き乱れる硝子張りの温室と、そこに集う城の人々。
「お誕生日おめでとうございます、三月姫!」
 掛け声と共に撒かれた花びらが、視界を春色に埋め尽くす。
 明るい日差しが降り注ぐ温室の中は春のように暖かく、通路に配置された食卓には生花で飾られた特大ケーキが鎮座して、侍女が淹れてくれる紅茶も花の香り。
 楽師達が奏でる優雅な旋律に、兵士と侍女が、庭師と乳母が、手に手を取って踊り出す。
「ここは……ああ、そうか」
 そういえば、庭の片隅に廃温室があったな、と今更ながらに思い出した。数代前の国王が作らせたものの、極寒の地では維持が難しかったのか、長いこと緑に埋もれていた。それを蘇らせるだけでなく、ドレスや食べ物、飾り付けにいたるまで、絵本に出てくる『誕生会』を忠実に再現してみせるとは――!
「ライラ・ロジーナ。我が愛しき姫よ、誕生日おめでとう」
 張りのある声に、はっと我に返る。いつもは嫌がる正装を一分の隙なく着こなした父王は、芝居がかった仕草で一礼してみせた。
「いと麗しき三月姫、どうか私と一曲……と言いたいところだが、ここは今回の功労者に栄誉を譲るとしよう。ほら、テオ」
 小突かれて、よろよろと前に歩み出た青年の手には、生花で編まれた花冠。
「お誕生日おめでとう、ジーナ。温室が整うのに十年もかかっちゃってごめんね。あとこれ、僕が編んだからちょっと歪んでるけど、ちゃんと絵本の通りに編んだんだ。君の髪に映えると思うよ」
 早口でまくし立てながら、まるで硝子の王冠でも扱うように、極めて慎重な手つきで花冠を乗せてくれたテオは、急に口を閉ざすと、ぐっと拳を握り締め――次の瞬間、勢いよく右手を差し出した。
「ジーナ! えっと、その……僕と、踊ってくれますか?」
「ええ、喜んで!」
 無骨な手に指を絡め、ドレスの裾を翻す。
 ――ああ! ああ、なんて……!


『なんて素敵な誕生日でしょう!』
 花のドレスを身にまとい、花冠を戴いて。
 そうして春の花が咲き誇る庭園で、三月姫はにっこりと微笑んだのでした。
おしまい


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