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 十六歳の誕生日が間近に迫ったある日、乳母がこんなことを言ってきた。
「姫様、お誕生会のお召し物はどのようにいたしましょう」
 声を弾ませる乳母に、思わず肩をすくめる。
「もう誕生日を指折り数えて待ち侘びるような年齢でもないんだから、誕生会なんてやらなくていいのに」
 去年――つまり十五歳、成人の儀を兼ねた誕生会は盛大なものだった。大仰なことはしないでくれと頼んだのに、これは王家の伝統行事だからと押し切れられて、やたら派手なドレスを新調させられるわ、踊りの特訓はさせられるわと、それはもう大変な目に遭った。あんな騒ぎはもうたくさんだ。
 しかし乳母は(まなじり)を吊り上げ、腰に手を当てて、「そんな訳には参りません!」と首を振る。……ああ、この顔をしている時の乳母に何を言っても無駄だ。
「節目の行事を蔑ろにしてはいけません! 第一、姫様は普段、適当な服しかお召しにならないのですから、こういう時くらい着飾ってくださらなければ困ります! ご要望がないのでしたらこちらで勝手に決めさせていただきますからね。いえ、もう作ってしまいましたけど。ほほほほほ」
「……それなら私に意見を聞く必要などないのでは?」
「一応は本人の意向を聞いておかないと、と思いまして」
 しれっと答えた乳母は、当日をお楽しみに、などと言い残して意気揚々と引き上げていった。やれやれ、当日はまた、とんでもなく手間のかかる衣装を着せられそうだ。
 まあ、乳母や侍女達が楽しいのならそれでいいか。この時はそんなことしか考えていなかった。


 誕生日当日。珍しく空は晴れていたが、昨日までひどく吹雪いていたから、窓の外には一面の銀世界が広がっていた。北方に位置するこの国では、あと二月くらいはこんな天候が続くのが常だ。今更、暦上の『春』を期待するだけ無駄というものだろう。
 誕生会は昼だと聞かされていたから、午前中はのんびり過ごせると思っていたのに、朝食後すぐに乳母と侍女達が押しかけてきたから驚いた。
「さあ姫様、お支度に取り掛かりましょうね」
「誕生会は昼からじゃなかったのか?」
「準備に時間がかかりますので。まずは湯浴みをしていただきます! さあお前達、やっておしまいなさい!」
 まるで悪役のような台詞を吐く乳母に、「はーい!」と軽やかに答える侍女達。なんだこれは。私は朝から何の茶番劇を見せられているのだ。
「さあさ姫様、参りましょう」
「とっておきの香油を湯に落としましたからね、いい香りですよ」
「髪の手入れもしませんと。ああもう、時間がいくらあっても足りませんわ!」
 訳も分からぬまま風呂場へ連行されそうになり、慌てて周囲に助けを求めようとしたが、なぜか今日に限って誰とも遭遇しない。いつもなら巡回しているはずの兵士すら見当たらないとは何事だ。
「観念なさいませ、姫様」
「分かった、分かった! 好きにしろ。ただし動きにくい格好は勘弁だぞ」
「心得ておりますとも」
 やれやれと息を吐き、湯殿の扉をくぐる。漂う香油は確かに芳しく、まるで花園に立っているかのようだった。
 春まだ遠き冬の国に、せめて香りだけでも、という心遣いだろうか。乳母達にこんな気を使わせてしまうのは、私がまだ未熟者だからだろうな……などと感傷に浸ることができたのも束の間。
 湯浴みを終えた私を待っていたのは、化粧と着替えと髪結い、という名を冠した苦行の数々だった。


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