4 夏祭
 細い月が照らす荒野の片隅に、その遺跡はあった。
 荒涼とした大地に横たわる、崩れかけた建物の群れ。かつて帝国に属していた町の遺跡は、千年の時を経て歴史からその名を消し、今はただ風化するのを待つのみだ。
 そんな遺跡の中央、かつては大勢の人で賑わっていただろう広場跡に、煌々と燃え盛る焚火。
 火を囲み、酒を酌み交わしているのは、十数人の武装した男達だった。遺跡探索の冒険者にも見えるが、交わす会話がまともではない。
「おい、調達に行ったやつらはまだ戻らないのか!?」
 苛ついた声に、焚火の向こうから荒っぽい返事が上がる。
「うるせえな、気になるならお前が見てこいよ」
「誰があんなしけた村に行くかよ」
 吐き捨てるように答えれば、別のところから嘲るような笑い声が飛んだ。
「お前、バダートで失敗したからって、負け惜しみが過ぎるぜ」
「そうそう、エストの酒場の娘は震いつきたくなるくらいの美人だって噂だしな。最初からあっちに行っておけばよかったんだ」
 粗野な笑い声が広場に反響したところで、遺跡の奥からのっそりとやってくる大柄な人影があった。
「おい、何を騒いでる」
「首領。調達に行った連中がまだ戻らないんだ」
 不安げなその声に、首領と呼ばれた大男はなぁに、とせせら笑った。
「大方、祭で羽目でも外してるんだろうよ」
「そうそう。今頃、その酒場の娘でも捕まえて、楽しくやってるんじゃないのか」
「気を利かせて、掻っ攫ってくりゃあいいのにな」
 首領に追従し、いい加減なことを言って笑う周囲にむっとして、男が更に声を張り上げようとした、その矢先。
「ぅわっ!」
「なんだ、この煙!?」
 突如として勢いよく弾け飛んだ焚火から、夜目にも真っ白な煙が立ち込める。
「まずい! 吸い込むな!」
 咄嗟に鼻と口を押さえ、その場を飛び退いた首領だったが、焚火の近くにいた者達は強烈な目と喉の痛みに悶絶し、呻き声が広場のあちこちから上がっている。
「くそっ、何者だ!?」
 篝火に催涙弾を投げ込んだ誰かがいるはずだ。風上に移動しながら素早く周囲を見回すが、煙の薄れた広場は深い闇に覆われ、不審な人影どころか仲間の姿さえも確認出来ない。
 そして――暗闇の中、一人、また一人と倒れる音だけが不気味に響く。
「おい、お前ら!」
 辺りを見回しながら声を上げる、その鼻先にすいと突きつけられた、銀の輝き。
「ひっ……!!」
「お前が首領か。お前を入れて十二人。調達に五人、村の見張りに二人、遺跡入り口の見張りに五人。計二十四人。数は合うな」
 感情を伴わない声が、闇の中から響く。
「お、お前、何者だ! 俺達に手を出して、ただで済まされると思ってるのか!? 俺は死神(ユーク)も逃げ出す盗賊ギルド《笑う髑髏》の幹部だぞ!」
 恐怖を誤魔化すように声を張り、誇示するように拳を突き上げる首領。雲間からうっすらと挿す月明かりに照らされた拳には、笑う髑髏を意匠化した刺青が刻まれていた。
 それを認めてか、刃が離れていく。どっと噴き出す汗を拭って、勝ち誇るように胸を張る首領。
「どうだ、恐れ入ったか。分かったら――」
「野盗ごときがギルドの名を騙るか」
 冷ややかな声と共に、闇を切り裂いて襲い来る銀の刃。
「ひィッ……!!」
 頬を掠めて壁に突き刺さった短剣。その柄には鍵と縄を象った紋章が刻まれていた。
「鍵と、縄……!?」
 いたって簡素なその意匠の意味するところを思い出し、ガタガタと震え出す頭領に、どこか楽しげに問いかける声。
「簡単な謎かけだ。『それ』は頑丈な鍵のかかった部屋にも容易く忍び入り、どんな縄をもってしても捕えることは出来ない。さあ、『それ』とはなんだ?」
「わ、悪かった! 俺達はただ――」
 再び月が隠れ、闇が全てを包み込む。
「時間切れだ」
 暗闇の中、鈍い音が響く。
 そうして薄れ行く意識の中で、嘲るような囁きを聞いた。
「こんなにも辺りに満ち溢れているというのに、まだ分からないか?」
 そして最後に見たものは――どこまでも深い、闇。
「我らは闇に溶け、影を渡る者。――それが盗賊ギルドだ。覚えておくといい」