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「それじゃラウルさん、おやすみなさい」
「ご馳走様でした、レオーナさん」
 わざわざ見送りに出てくれた女将に愛想良く手を振り、村で唯一の酒場兼食堂を後にして、月明かりに照らされた道を進む。
 北大陸の夜は静かだ。あとわずかで満ちるだろう月は煌々と輝き、足元に青白い影を作る。元々夜目の利くラウルにとっては眩しいくらいの月影と、天鵞絨のような青い闇。
「夜ってのは、こういうもんなんだよな」
 彼が生まれ育った中央大陸では、夜は明るいものだった。不夜城と呼ばれる首都ラルスディーンは深夜を過ぎても祭りの如く賑わい、月も星も霞むほど光に満ち溢れていた。
しかし、ここには穏やかな夜気が満ちている。闇を司る神に仕える身にはそれが心地よく、それでいて少し物足りなくも思う。
「平和だなあ」
 北大陸に赴任してまだ一月ほどしか経っていないのに、何だかんだとバタバタした日々が続いていたから、こんなにも静かな夜は久しぶりだった。
――ピィッ――
 背中から、雛の鳴き声のような甲高い響きが上がる。何かをせがむような声に溜息をつき、背負っていたものを前に抱え直す。それでもまだ不満げだったので、夜気に当てないようにと包んでいた布を取り払ってやると、ほのかに光り輝く白い卵が現れた。
 ただの卵ではない。大人がようやく抱えられるほどの大きさもさることながら、鳴くわ光るわ揺れるわと、不審極まりない『謎の卵』。
 ユーク神官ラウル=エバストがここエスト村に赴任してきたその日、あてがわれた小屋の入り口で発見した『謎の卵』は、こともあろうかラウルを保護者として認定し、以降片時もそばを離れない日々を送っていた。
少しでも離れようものなら、ラウルにしか聞こえない鳴き声でビービー喚き続けるので、仕方なく特製おんぶ紐で連れ歩いているが、一体何の卵なのか、何故光ったり鳴いたりするのかは、未だに分からない。
――ピィピィッ♪ ピィッ――
 妙に上機嫌な鳴き声を上げる卵に苦笑を浮かべつつ、とっぷりと暮れた空を見上げる。
月が明るいせいか、やけに紫がかって見える夜空に散りばめられた星々は、遠慮がちに瞬いている。肌寒さを覚えるほどに冷たい夜風が駆け抜けて、空には雲一つない。それなのに、夜空がまだらに染め上げられているように見えるのは気のせいだろうか。
(なんだ……?)
――ピィ? ピィィ…――
 同じことを感じ取っているのか、卵が不思議そうな声を上げた。
「お前も感じるのか?」
 その通り、と言わんばかりに、腕の中でぼんやりと光る卵。その光り方に違和感を感じて、おやと目を見開いた、その瞬間。

 光が、爆発した。

「ぅわっ……!!」
 目も眩むような閃光。咄嗟に目を瞑ったが、瞼を透過して尚も襲い来る光の奔流に、平衡感覚すら失いそうになる。
(なんだ、一体……!!)
 次の瞬間、何かがぶつかってきたような衝撃を覚えて、咄嗟に抱えていたものを庇うように地面へと転がったラウルは、やっと収まってきた光に目を瞬かせつつ、はあと溜息を吐いた。
「なんだよいきなり!?」
 思わず文句を垂れつつ、まさか今ので割れていないだろうな、と恐る恐る腕の中を覗き込み、そして絶句する。
「―――!?」
 そこには、卵とよく似た大きさの、しかしどう見ても卵ではない物体がすっぽりと収まっていて、しかも――
『ありがとうございます。幸い、どこも壊れておりませんのでご安心下さい』
 落ち着いた男声に、思わず腕の中のものを放り投げそうになり、わたわたと掻き抱く。危うく腕からこぼれかけた不思議な物体は、どうにか抱え直して安堵の息を吐く黒髪の青年に、心底申し訳なさそうな声でこう言ってきた。
『驚かれるのも無理はありませんが、よろしければ私の話を聞いていただけませんか?』


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