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「――つまり、お前さんは別の世界から来た『宇宙船』の『独立型移動モニタ』で、本体は異空間にある、と」
『はい。どうやら私の本体は大きすぎて、時空の穴を通過できないようです』
 どこか悔しげに聞こえる男声は、居間の机の上――正しくは、机に置かれた籠の中でくつろいでいる、まん丸の物体から発せられている。
 角灯の明かりに照らされて、きらきらと輝く白銀の球体。表面には継ぎ目もなく、覗き込むこちらの顔が映り込むほどにつるつるしている。落ち着いて見てみれば、卵よりも若干小振りで、いわゆる卵型ではなくきれいな球形をしていた。
 どうやら卵が変身したわけではないらしいと判断して、人目につく前にと村外れの小屋に戻ったラウルだったが、話を聞いているうちに、変身どころかとんでもない事態が起きていることを悟って、頭が痛くなってきた。
 さすが『話を聞いていただけませんか』と言うだけあって、球体は理路整然と己の置かれた状況について説明をしてくれた。しかし、その内容が余りにも突飛過ぎて、すんなりと頭に入ってこない。
「――で、そちらの世界で時空間を歪めるような事故が起きて、こっちに飛ばされてきたわけだ」
『その通りです』
 彼――男声なので彼と呼ぶしかない――曰く、それは突発的な事故だったという。
 テレパス関連支援組織『PWSS』に属する高機動艦、そこに搭載された人工知能。それが『彼』の本体だ。
 そんな彼が仕事から戻り、格納庫で船体の定期点検作業を行っていたところ、新米技術者が誤って『超光速ドライバ』なるものを作動させてしまったことが、そもそもの発端だったという。
『その瞬間に格納庫内で時空の歪みが発生し、私はそれに引きずり込まれるようにして異空間に飛ばされてしまいました』
 消滅の危機を脱してほっとしたのも束の間、今度は謎の異空間に閉じ込められ、身動きが取れないことに気づいた。
『そこで、探査のため独立型移動モニタを飛ばし、元の空間に戻るための調査を始めたのです』
 探査の甲斐あって、ほどなくして小さな時空の歪みを見つけることができた。元の世界に通じているのかどうかは分からないし、本体が通れるほどの大きさもない。とにかくモニタだけでも通してみようと頑張っていたところ、突然『歪み』が活性化し、見えない手に引っ張られるようにこちらの世界に『落ちて』きたのだと、彼は淡々と語る。
「聞いたことがある。世界というのは一つじゃなくて、色々な世界が存在してるってな。普段は重ならないはずの世界が、その事故のせいで繋がっちまったわけだ」
『ええ。恐らくその通りでしょう』
「で、お前さんがここにいて、あの卵が消えたってことは――」
『はい。時空の歪みを通り抜ける瞬間、向こうからやってくる『何者か』とすれ違いました。まるで太陽のような――激しさと暖かさを兼ね備えた、希望の塊のような存在です』
 随分と美化されているような気もするが、卵に間違いないだろう。
『すれ違った時、ほんの一瞬ではありますが、その意識に触れることができました。恐怖と希望、光と闇――。そして穏やかな笑顔に満ち溢れた村と、口は悪いけれど優しい黒い人。あれはあなたでしょうか』
「……それはどうかな」
 気恥ずかしい台詞に、つい言葉を濁す。それには構わず彼は続けた。
『この独立型移動モニタが時空の歪みを通過してここへ落下したのと同時に、そちらの世界からやってきた卵さんもまた、時空の歪みを通過して消えていきました。故に、この異空間を間に挟んで、二つの世界は繋がっていると推測されます。ですから、卵さんは私と入れ替わるようにして向こうの世界に――私の仲間達の元にいると思われます』
 その言葉を聞いて、小さく安堵の息を漏らすラウル。あの卵が未知の世界に投げ出されてしまったのだったら、さすがに心配だが、行き先が分かっているのであれば安心だ。
 しかし、そうなると今度は別の心配も出てくる。何しろ、相手があの卵だ。向こうの混乱振りを想像すると、その仲間達とやらが気の毒にすらなってくる。
「……大丈夫かな」
 そんなラウルの気持ちを汲み取って、ガーディは大丈夫ですと太鼓判を押した。
『レティは面倒見のいい女性ですし、アスは最強レベルのテレパスです。卵さんの気持ちもきちんと理解してくれるでしょう』
「気持ちと言ってもな……ぴーぴー鳴くだけだぞ?」
『そこに込められた感情を汲み取ることが出来れば、意思の疎通はある程度可能です』
 それにしても、と彼は続ける。
『光って揺れて、テレパス能力まで有する卵とは、何とも不思議な存在ですね。一体、何の生き物の卵なのでしょうか』
 興味津々といった口振りだが、ラウルは苦笑して肩をすくめてみせた。
「俺にとっては、お前さんも同じくらい不思議な存在だよ」
 この世界では、空を飛ぶものは鳥や虫、そして魔術士だけだ。空を飛ぶ絨毯だの箒だのにはまだ馴染みがあるが、彼の言うような巨大な建造物が空を飛ぶなど、絵空事にもほどがある。ただ一つ思い当たるとすれば、神話に出てくる『神々の船』くらいか。
「この世界――ファーンを創造した十一人の神々は、空翔る船に乗っていずこより現れたとされる。もしかしたら、あんた達の世界からやってきたのかもしれないな」
 それは白く輝く巨大な船だとされている。『神殿』と呼ばれるその船は空の彼方に浮かび、神々はそこから地上の様子を眺めているのだと。
 感慨深げに見つめてくるラウルに、しかし彼は冷静に言葉を返した。
『興味深い推測ですが、残念ながら私の世界に神は存在しません。魔法もです』
「その代わりに不思議な力を持つ人間がいる、か。面白いもんだな」
 しかし、面白がってばかりもいられない。
「さて、問題は――」
『どうやって元に戻るか、ですね』
 沈黙が居間を支配する。しかしすぐに結論が出るわけもなく、先に降参したのはラウルの方だった。
「考えても埒が明かないな。とりあえずしばらくはうちにいるといい。えっと、そういや名前、聞いてなかったな」
『私もです』
 あまりの事態に、そんな当たり前のことさえ忘れていたのだ。互いに苦笑を漏らし、改めて自己紹介をする。
『私はGARDIA-PWSS1215AAAです。親しい人はガーディと呼びます』
「俺はラウル=エバスト。ラウルでいい。ひとまずよろしくな、ガーディ」
『はい、ラウル。ご面倒をおかけしますが、よろしくお願いいたします』
 こうして、不良神官ラウルと宇宙船ガーディの奇妙な同居生活が始まった。


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