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「卵が変形合体したって本当ですか!?」
 息せき切って現れたカイトに、うんざりといった顔で首を振ったラウルは、朝食の皿を片付けながら溜息をつく。
「どこをどうやったらそうなるんだ。マリオのヤツ、適当なこと吹いて回ってるんじゃないだろうな?」
 入れ替わり事件から一夜明け、穏やかに始まった朝。
 いつものように朝食の差し入れを持ってやってきた村長の息子が第一目撃者となり、そこからあっという間に広まった噂はエスト村を席巻していた。
 勝手知ったる他人の家、とばかりに上がりこんできた冒険者三人組  剣士エスタス、神官カイト、精霊使いアイシャの三人は、文句を垂れるラウルを横目に、籠に納まったガーディを繁々と見つめている。
「かわいい」
 無遠慮にガーディを突っつきまわすアイシャ。横でエスタスが顔を引きつらせているが、ガーディが律儀に『ありがとうございます』などと返事をしたものだから、カイトは飛び上がらんばかりに驚き、近くにいたラウルにしがみついてくる有様だ。
「しゃ、喋ってますよ!! これは一体どういう進化を遂げたんでしょう!?」
「だから違うって言ってるだろうが! こいつは、とある事故で卵と入れ替わって、こっちの世界にやってきた異世界からの客人、ガーディだ」
 腕にしがみついたまま、興奮冷めやらぬ様子で叫ぶカイトを引っぺがし、事情を掻い摘んで話せば、これまたカイトの眼鏡がキラリと光る。
「異世界!! なるほど、時空の歪みによる入れ替わりという現象は、かつて西大陸でも起きたという記録がありますよ! あれは確か――」
 つらつらと語り出したカイトに、げっと顔を歪ませるラウル。知識神ルースの神官であるカイトはまさに知識欲の塊だ。各地を回る旅の途中、会得した知識の種類も量も半端ないのだが、ひとたび語り出すと止まらない。
 そんなカイトの幼馴染でもあるエスタスが、毎度のことながらげんなりした顔で止めに入ろうとしたが、ガーディは白銀の体に光を走らせて、どうやら喜びを表現しているようだ。
『それは実に興味のある事例です。詳しく聞かせていただけますか?』
「やめとけやめとけ。こいつの話は長いぞ」
『いえ。前にも似たような現象が起きているとするならば、そこに元の世界に戻る手掛かりがあるかもしれません』
「その通りです! 未来というのは過去の積み重ねなのですから、未来を知りたければ過去を紐解けばいいんです! ええと、ガーディさんと仰いましたか。僕が知っている『異世界からの来訪者』といえば――」
 ちゃっかりと椅子に座り込み、延々と話し込むカイト。籠の中から相対するガーディもまた、真剣に話を聞き、分からないことにはきちんと質問をして、どんどんと議論を展開していく。ついていけない、と首を振るラウルとエスタスだったが、アイシャはそんな二人には構わず、無表情にガーディを撫でたり持ち上げたりしている。そんな、端から見るとかなり異様な光景をしばし傍観していた二人だったが、ふと我に返って顔を見合わせ、やれやれと肩をすくめた。
「それにしてもラウルさんは、『不思議な存在』に縁がありますね」
「言うな……」
 がっくりと肩を落としたところに扉を叩く音が聞こえてきて、ラウルは神官衣の襟元を正しながら玄関へと向かった。
「いやあ、どうもどうも」
 やってきたのは誰であろう、エスト村長ヒュー=エバンスだ。朝、とんでもない噂を振りまいたマリオの父親である。
「卵くんが三段変形して火を吹くようになったそうですが  」
「違います!」
 ますます悪化している噂を全否定し、ざっと事情を説明する。あまりに突飛な話で混乱するかと思いきや、村長はただでさえ細い目を尚も細めて、なるほどと手を打った。
「昨日は不思議な空具合でしたから、何か起きるかもと思っていましたが」
 おや、と目を瞬かせるラウル。
「村長も気づきましたか?」
「ええ。もうじき満月ですしね。『満月の夜には不思議なことが起こる』と昔から言うじゃありませんか。それにしても、まさか卵くんがねえ……」
 心配ですね、と言われて、はあと頬を掻くラウル。どちらかというと、卵を世話する羽目になった人間達の方が心配だったが、それは言わないでおく。
「それで、その異世界からのお客人は今どこに?」
「カイトに捕まってますよ」
 エスタスがぴっと指差す机の上では、二人の会話がますます過熱している。
「……やはり時空の歪みというよりは綻びと言った方が適切なわけですね」
『しかも出現箇所と出現条件にはかなりのパターンがあるように推測されます。今回の場合は、私の世界での事故が主な要因ですが、こちら側にも何らかの要因があったのではないでしょうか』
「そうですね、過去の事例に則れば、魔術士が空間系の魔術に失敗したとか」
「この村に魔術士はいない」
 実に的確なアイシャの突っ込みに、しかしカイトも負けていない。
「でもほら! 昨日も妙な旅人が来たってレオーナさんが言ってたじゃないですか! もしかしたらその人が……」
「あの旅人さんなら、あの後すぐに村を出て、エルドナ方面に向かう荷馬車に乗っていったそうですよ」
 さらりと答える村長に、思わず目を見張るラウル。ただ呑気なだけかと思えば、実に抜け目なく村全体を把握している辺り、さすがは村長というべきか。ラウルの視線に気づいて、にっこりと笑みを浮かべた村長は、それに、と付け加える。
「よしんばあの旅人さんが魔術士だとしても、村の近くで何か大掛かりな魔法を行おうとすれば目立ちますから、誰も気づかないなんてことはないと思いますよ」
 日中はほとんどの村人が畑に出ているし、何せこんな寒村だ。少しでも普段と違うことが起これば、それこそ蜂の巣を突いたような大騒ぎになる。
「魔術士が関係ないなら、他の要因か」
 腕組みをして考え込むエスタスを倣い、無表情で同じ格好をするアイシャ。その細腕に抱えられたままのガーディは、白銀の殻の内側でキュルキュルと何かを動かして、やはり考え込んでいる様子だ。
「ラウルさん。昨日、卵くんに変わったことはありませんでしたか?」
 村長の問いかけに、そういえば、と呟くラウル。
「妙に機嫌がいいとは思っていましたが……」
「昨日、よく光ってた」
 とはアイシャの談だ。
「うーん、卵の機嫌が良くなる要因、となると……」
「ラウルさんが構ってくれたとか、ラウルさんがあやしてくれたとかですかね」
 即答するカイトにげんなりするラウルだったが、確かにそれくらいしか卵が上機嫌になる要因が思いつかないのだ。
「それはないだろう。だって昨夜はラウルさん、タマラお婆さんにつかまって、ずっとのろけ話を聞かされてたし」
「タマラさん、旦那さんの話をし出すと止まりませんからねえ」
 何度かつかまったことのある村長がしみじみと頷く。
「話が逸れてる」
 アイシャの指摘に、再び卵の上機嫌の理由について考え込む四人と一体だったが、どうにも考えがまとまらぬまま時間だけが過ぎていく。
 やがて村長は呼びに来たマリオに引っ張られて退散していき、三人組もそろそろ賃仕事の時間だからと、実に名残惜しそうに小屋を後にした。ほどなくして響いてきた鐘の音に、ラウルもまた立ち上がり、籠に戻されたガーディを振り返る。
「俺もこれから仕事だが、どうする? ここで待ってるか?」
『いえ、ご迷惑でなければご一緒させてください』
 分かったと頷き、ふと首を傾げる。
「そういやガーディ、もしかして自分で動けたりするのか?」
 卵と似た形状なのでつい籠に入れてしまったが、考えてみればここにいるガーディ(正確にはその分身)は『独立型移動モニタ』なのだ。
 今更ながらの質問に、ガーディは申し訳なさそうに答えた。
『はい。自立行動は可能ですが、こちらの世界ではエネルギーを補充することができないので、動力節約のためにできるだけ動かないようにしたいと思っています。ご迷惑でなければ、持ち運んでいただけると助かります』
 ちなみに動力源は『電気』と『反物質』だそうだが、どちらもラウルにはよく分からない存在だ。
「動力を補給することができないってことは、そのうち動けなくなっちまうってことだよな?」
 心配顔のラウルに、ガーディはその通りですと答える。
『ですが、自立移動をせず節約に努めれば、三日間は確実に動けるでしょう。その間に元の世界に戻れるといいのですが』
「だな。なるべく早く、戻れる手段を考えよう」


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