<<  >>
第二章 伝説の剣 【1】

……流れる金の髪 白皙の肌
類まれなる魔術の使い手 金の魔術士
一振りの剣と共に 勇者の旅に加わらん
一振りの剣 その名はケルナンアーク
女神ケルナの名を冠し 古き精霊宿る剣
剣の精霊 勇者に忠誠を誓い
彼らは急がん 邪竜の元へ

吟遊詩人の歌 《勇者への賛歌》出会いの章より




 木漏れ日が、街道を静かに彩っていた。
 木々の合間から覗く空には、白い雲がゆるやかに流れている。
 風に揺れる木の葉のざわめきと鳥の声。少し遠くからは、川のせせらぎが聞こえてくる。
 そんな穏やかな昼下がりの街道に、おおよそ相応しくない光景が広がっていた。
 渇いた大地に染み込んだ黒い染み。そして戦いの痕跡。
 死体こそ転がっていなかったが、その代わりに一人の人間が倒れ伏していた。
 木漏れ日に煌く金の髪。緩やかな服を身にまとい、何かを抱え込むようにして大地に伏している。
 怪我をしている様子はなかったが、ただ眠っているようにも見えない。
 一羽の小鳥がつい、と地面に降り立ち、煌く金の髪に近寄っていった。
 首を傾げ、まじまじとその顔を覗き込んでいる。
 やがて興味を失ったのか小鳥は飛び立ち、あたりに再び静寂が流れ出す。
 人気の少ない街道に旅人が通るのは、まだまだ先のようだった。


「お客さん、まだ決まらないの?」
 半刻ほど前から品定めを続ける客に、褐色の肌を持つ少年は半分呆れ顔で尋ねた。
 ここゼーラの町の青空市場は、手に入らないものはないと言われるほどに多くの店が建ち並び、賑わいを見せている。
 その青空市場に十日ほど店を出している少年だったが、ここまで粘る客は初めてだ。
 少年の問いかけに、こくんと頷いて品定めを続けているのは、まだ年若い黒髪の少女。その隣には連れらしい二十歳くらいの銀髪の青年が、こちらは飽きたと見えて暇そうに欠伸をかみ殺している。
 少年は武器商人を生業としていた。天幕の中に敷かれた絨毯の上には短剣や長剣、手斧や槍といった武器がきれいに並べられ、値札がつけられている。
 商品数は少ないものの、良心的な値段で良品を売る事を心がけている少年としては、こんなに客に粘られるのは不本意だった。適正な値段をつけているのだから、ためらう事などないはずだ。
「アヴィー、まだ決まらないのかぁ?飽きたよ俺」
 さすがに悪いと思ったのか、連れの青年が少女に呼びかけた。それを合図にしたように、少女は一振りの長剣を指し示す。
「……欲しいのは、これ」
「お、お客さんお目が高いね。それは一年前に……」
 説明を始める少年を遮って、しかし少女は別の商品に指を向ける。
「でも金銭的には、これ」
 それは、お世辞にもいい物とは言えない短剣だった。柄の飾りも欠けているし、なにより刃こぼれがひどい。
「……それ、使えるのか?」
 青年が呆れ顔で呟くのも無理はなかった。しかし少年はむっとした表情で
「うちは使えないものは売らないよ!」
 と断言してみせる。ところが、すぐに表情を崩し
「……と言いたいところなんだけど、それはもういくら研いでも使えないと思うね。半分骨董品の部類に入る奴だし。それにしても状態が悪いから、売れなくて困ってたんだ」
 と付け足した。金に困っているという老人から二束三文で買い上げた短剣だが、どうにも買い手がつかず処分しようとさえ考えていたものだ。
「何で使えないもん売るんだよ!」
 青年の抗議に、まあまあと少年はなだめに入る。
「お飾りで出してたんだよ。気を悪くしないでお客さん」
 だから値札も、銀貨五枚と格安になっている。この辺りで簡単な食事一回分が銀貨二枚くらいだから、破格の値段だと言う事が分かるだろう。
 しかし、その値段くらいしか出せないという少女の言葉も気になった。銀貨五枚で買える武器など、なんの飾りもない短剣が精一杯だろう。そう思って二人を見れば、なるほど寸鉄も帯びていない。旅人のなりをしているのに、だ。
「それよりお客さん、何で剣なんか必要なんだい?見たところ二人とも剣の使い手って訳でもなさそうだし」
「それは……」
 旅には武器が必要と言ったのは青年の方だった。青年はどうやら、記憶喪失になる前には剣を保持していたらしい。今は荷物の中にあるが、倒れていた時の彼は剣帯を身につけていた。中身はさすがになかったが。
 トゥーラン分神殿には武器の備えなどなく、二人が今持っている武器といえば調理用の小刀一本。これでは護身にもならない。
 そんな訳で、あてもなく旅を始めた二人はリネルから一番近い町へたどり着き、なんでも揃うと評判の青空市場へと足を運んだのだった。
「護身用。旅してるから」
 少年の問いに、アヴィーは短く答える。
「ふうん、なるほどね」
 少年はその言葉に納得してみせた。
「最近怪物が頻繁に人里に現われるようになったっていうし、今まで見たこともない魔物が出たって話も聞くからね。身を守る武器がないのは危険だよね」
 ここ十日ほどで、そういった話がゼーラの町にも伝わってきた。ここは旅人が行き交う町だ。噂には事欠かない。
「そういや、ここまで来る途中も、遠くで怪しい遠吠えが聞こえたりしたしな……」
 銀髪の青年、アーヴェルが真面目な顔で呟く。幸い襲われるような事はなかったが、たとえ使えなくても気休めに武器がほしいと切実に思ったものだ。
「でも、剣は使えないなら持たない方がいいんだけどね。生半可な使い方はかえって危険だから」
「なるほど」
 武器商人の言葉とは思えない少年の呟きに、しかしアヴィーは頷いた。
 確かに、使えもしない剣を無闇に振り回せば自分が傷つくか、仲間に怪我をさせるのが関の山だろう。このアーヴェルの腕前がどれほどのものかは知らないが、仲間の剣で倒れるなんて無様な真似だけは何としても避けたいところだ。
「それよりお客さん達、旅人だろ?んで二人とも護身の方法がないんだろ?ならいい人を紹介……」
 突然、少年の言葉を遮るように、くっきりとした人影が二人の後ろから現われた。
 ばっと振り向く二人。そこには、日差しを背に浴びてすっくと立つ小柄な人影がある。
「姉さん?!」
 少年が驚きの声を上げる。それは、突然入ってきた姉へというよりも、その姉が肩に担いでいる人間らしきものに対する驚きの方が大きかった。
「ただいま、ゼック。悪いけど家の鍵貸してくれない?」
 自分よりはるかに大きい人間を肩に担ぎ上げているというのに、褐色の女性は疲れている様子もない。
 ゼックと呼ばれた少年が慌てて服の隠しから鍵を探している間に、彼女は呆然と自分を見上げている二人連れに向かって、にっこりと笑ってみせた。
「ちょうどいいや。お客さん達、悪いけどこの人を家に運ぶのを手伝ってくれない?」

<<  >>