[TOP] [HOME]

 第十階層はこれまでと打って変わって、宮殿のように豪奢な作りをしていた。
 泥まみれの靴で踏みつけるのが躊躇われるような、ピカピカに磨き上げられた大理石の廊下。壁には燭台が据えられ、一行の足取りに合わせて灯っていく。
「な、なんだか気味悪いなあ」
「警戒を怠らないでくださいね!」
 とはいえ、怪物も飛び出てこないし、罠の類も今のところ見つかっていない。迷路になっているわけでもないし、先へ進むのに何か装置を作動させなければいけないわけでもない。室温も快適で空気も清浄。それなのになぜ、これほどまでに不気味さが漂っているのだろうか。
 おっかなびっくり廊下を進み続けること、およそ三十分。果てしないと思われた廊下の先に、重厚な造りの巨大な扉が見えてきた。あれこそが最終地点――ラスボスが待ち構える広間なのだろう。
 思わず歩みを止め、顔を見合わせて、ごくりと喉を鳴らす。
「ここが、最後の――」
「これでやっと、辛く苦しい毎日から解放されるんだ!」
 万感の思いが、それぞれの胸にこみ上げる。
 たった四日と笑うなかれ、この地に辿り着くために、彼らは三年もの間、血を吐くような思いで修練に励んできたのだ。
 その、長年の苦労が今、ようやく報われようとしている。
「よし、行くぞ!」
 大理石の床を蹴って走り出したのはアルファだった。
「わあ、待ってよアルファ!」
 一瞬遅れて後に続こうとしたデルタの目に、何かの瞬きが飛び込んできた。扉のすぐ手前、今まさにアルファが足を下ろそうとしているその場所で、何かが光っている。
「いけないっ! あれはっ!」
「え?」
 デルタの声に振り返った瞬間、すでにアルファの足は何かの突起物を踏みつけていた。咄嗟に足を引っ込めたものの、もう遅い。
 次の瞬間、四人の足元がぱかっと割れて、深い闇が出現した。
「ぅわ――――――!」
 為す術もなく、まるで闇に吸い込まれるように、奈落の底へと落ちていく四人。
 魂消るような悲鳴を聞きつけたかのように、豪奢な両開きの扉がギギィ、と開いた。
 扉の向こうに広がるのは煌びやかな玉座の間。その最奥、周囲より一段高い位置に据えられた黄金の玉座に鎮座し、頭を抱えているのは、誰であろうラスボス――(おさ)と呼ばれていた例の美女だ。
「……未熟者め」
 まさかラスボス直前に落とし穴があるなどとは思いもよらなかったのだろうが、あれほど警戒を怠るなと言われていたにも関わらず、入り口と同じ罠を踏むとは。
「学習しないにもほどがあるわ!」
 唸る美女を尻目に、隠し部屋から現れた清掃用コーレム達がてきぱきと落とし穴の仕掛けを元に戻し、泥で汚れた廊下を磨き上げていく。
(おさ)、そろそろかと」
 脇に控えていた秘書の言葉に、美女はおもむろに玉座の肘掛け部分に据えられた《送話器》を取り上げると、大きく息を吸い込んだ。

『D班四名、追試決定――!』

 怒気に満ちた声は拡声装置を通して塔の内外に響き渡り、入り口付近で転がっていた四人は、その『通告』に悄然と肩を落としたのだった。

「またかよー!」
「だからあなたにリーダーなんて任せられないんですよっ!」
「っていうか、あんなところに普通、落とし穴を作るか?」
「もう、これで何度目~!?」
 不満たらたらの声はしっかりと拾われていて、すかさず怒声が飛んでくる。
『ぼやいてる暇があったら攻略計画を立て直さんか! そんなことでは、いつまで経っても一人前の冒険者になれんぞ』
「はぁ~い、校長先生」


 その塔は、鬱蒼とした森の中、静かに佇んでいた。
 青空を背にそびえ立つ、巨大な石造りの塔。扉は一度くぐれば固く閉ざされ、下層階には窓すらない。
 数多の勇者が挑み、そして儚く散っていった『試練の塔』。

 塔の正式名称は、『アルデバラン冒険者養成学校・卒業試験会場』。
 それは、ひよっこ冒険者達のために作られた、まさに難攻不落の『ダンジョン』であった。

「チクショー! 次こそ卒業してやるー!」
『楽しみに待っているぞ、ひよっこども!』


 彼らの卒業試験は、まだまだ続く――。
おわり

[TOP] [HOME]