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二年前 〜女神の気紛れ〜

 春だった。
 人工の都市にも春はやってくる。たとえそれが、コロニーを管理する中央制御コンピュータ、《Selene》の作り出したものであっても。
「春だなぁ……」
 桜並木を見上げてのんびりと呟きながら、18歳のレン・K=サレイは大学へと続く道を歩いていた。
 《LUNA-01》にはムービングロードが一切設置されていない。「あんなものに頼るなら足はいらない」というコロニー創立者のお言葉により、一切作られていないというのだ。
 その代わりといっては何だが、コロニー内の大通りは必ず並木道になっており、四季折々の色彩で歩行者の目を楽しませてくれる。レンの歩く歩道は赤茶色のレンガで舗装されており、少しでこぼことした道が、かえって足に心地よかった。
(コロニーの桜がこんなに綺麗とは思わなかったな……)
 風に舞う薄いピンクの花びら。人工の木々にはありえない『無駄』だが、とても素敵な無駄だ、とレンは思う。
 レンの生まれ育った火星のコロニーにはない『無駄』。しかしそれは、火星のコロニーが完全な人造物であるからだろう。
 ここは、人類の母なる星、地球の環境を可能な限り再現している。それを知った時レンは、懐古趣味であり不経済だと思った。
(でも、こんなに綺麗なら、こっちの方がいいな)
 はらはらと舞う桜の花びらをそっと受け止めて、レンは笑みを浮かべた。
  
 レン・K=サレイ。彼は昨日、この《LUNA-01》に到着したばかりの一般移住者だ。
 竹之内学園大学部の二次募集に合格し、入学式に間に合わせるため、引っ越しの準備もそこそこにやってきたレンは、《LUNA-01》スペースポートから一歩外に足を踏み出した瞬間、その光景に驚愕したものだ。
 広がる『大地』。生い茂る『木々』に、咲き乱れる『花々』。そして、抜けるような『青空』。
 大地は地球から輸入した土を何メートルもの厚さに敷き詰めたものだし、青空は半球型スクリーンに映し出されたものに過ぎないが、それでもレンは驚かずにはいられなかった。
 そして町並み。
 レンガや石造り、木造家屋といった旧時代の建築で統一された住宅街。
 対照的に近代建築で統一されてはいるものの、周囲の環境との調和を計算して建てられたオフィス街。
 活気に満ちた、様々な時代と文化が混在する繁華街。
 そして、広い敷地の中に立てられた学園。
 街を少し離れれば、深い緑の森。そして川は悠然と町並みの中を流れていく。

 ここは、コロニーであってコロニーでない場所
 罪深き人間が創り出した、最後の『楽園』

(……なんてマスコミに皮肉られてたけど……)
 そんなことを考えながら歩いていたために、レンは視界の下ギリギリに何かが見えたのにも関わらず、歩みを止められなかった。
「きゃっ」
 足元から小さな悲鳴が聞こえ、やっとレンは歩みを止めた。見れば足元に金の輝きが見える。
 豊かな金髪の少女が、そこにぺたんと座っていた。最悪、蹴ってしまうことだけは避けられたらしいが、転ばせてしまったことには変わりがない。
「ご、ごめん、気がつかなくて……大丈夫?」
 慌てたレンの声に、少女はこくん、と頷いて立ち上がるとにっこり笑った。
「大丈夫! レミーも前見てなかったから、おあいこ」
 白いワンピースが目に眩しい。年頃は小学生くらいだろうか。波打つ金髪を二つに分けて耳の上で結わえている。愛らしい顔立ちは、まるで天使が微笑んでいるようだ。
「お兄ちゃん、大学の人?」
 少女の問いに、レンは頷いた。
「そうだよ。これから入学式なんだ」
 はっと気づけば、入学式の集合は09:30。あと十分弱しかない。まだ大学へもたどり着いていないのに、これでは遅刻してしまう。困った顔をするレンに、少女は大丈夫、と言ってきた。
 何がだろうと首を傾げるレンの手を握って、少女は走り出す。
「案内してあげる! 集合は三号館でしょ?」
「え? ちょっと君……」
「お兄ちゃん、昨日来た新しい人でしょ? レミー見たことないもん」
 レンは苦笑した。百万人以上いるこのコロニー内の人間の顔を覚えていられるはずがない。
「ほら、学園は広いんだから、早くしないと間に合わなくなるよ!」
 しかし、少女の言うことももっともである。レンは少女に引っ張られながら大学へと急いだ。
「ねえ、わたしはレミー。レミー・キャロルっていうんだ。お兄ちゃんは?」
 桜吹雪舞う道を走りながら、少女はふとレンに尋ねてくる。
「レンだよ。レン・カイル=サレイ。昨日火星のコロニーから来たばっかりなんだ」
 少々息を切らしながら、レンはその問いに答えた。
「ふうん、そうなんだ。ここは素敵でしょ? レミー、この《LUNA-01》が大好きなの!」
 嬉しそうに笑う少女に、レンもつられて微笑む。
「そうだね。火星のコロニーとは比べ物にならないくらい、いいところだね」
「でしょ! ……だけどね」
 レミーの瞳がいたずらっぽく光る。
「最近この《LUNA-01》もいろんな事件が起こったりして、みんな困ってるの」
「は?」
 レンの間抜けな声に、少女は構わず続ける。
「だからお兄ちゃん、《Shining k-nights》に入ろ!」
「はぁ?」

 コロニー《LUNA-01》の平和を守る謎の警備隊《Shining k-nights》。
 その総司令レミーと副司令レンとの出会い。
 人と人との出会いは、全くの偶然から始まることが多い。
 それはもしかしたら、女神の気紛れ。
 運命の女神はかなりの気分屋であることを、この日からレンは信じて疑わなくなったという……。

 そして、物語は始まる……。

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