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4.洞窟 |
断層にぽっかりと開いた洞窟の入り口は、まるで怪物があんぐりと口を開いて獲物を待ち構えているような、そんな雰囲気を漂わせていた。 「これが、神聖な場所か?」 呆れ果てたように呟くキューエルに、早速入り口付近を調べていたシェリーが肩をすくめてみせる。 「何者かが頻繁に出入りしてる様子がある。この荒んだ雰囲気は、そいつらのせいだろうね。ほら、割合に新しい足跡だ」 言いながら彼女が示してみせたのは、辺りにうっすらと残る複数の足跡だった。地面に這いつくばるようにして顔を近づけたハーザが、顔をしかめて呟く。 「この大きさと形からして、土鬼の足跡だろうな」 それは森や洞窟を住処にする妖獣で、時に集団で人里に現れては家畜や畑を荒らすこともある怪物だ。もっとも彼らの技量であれば、よほどの大所帯でない限り蹴散らすのは容易い。 足跡の数から全体数を推測しあうハーザとキューエルを横目に、シェリーは角灯に火を灯して入り口を慎重に覗き込んだ。光の届く範囲は人が三人並んで歩くのが精一杯、という広さだったが、少し進んだ辺りから急激に道幅が広がっている。恐らくは広間のようになっているのだろうが、角灯の明かりではそれ以上先は見通せない。 「ラルフ、明かりを」 「承知」 シェリーの言葉に頷き、手早く呪文を唱えるラルフ。その不思議な旋律を受けて、その杖の先端が青白く輝き出す。 「罠とかはなさそうだけど、何かいる可能性を考えるとね」 「念には念を、だな。じゃあ行くとするか」 先陣を切って歩き出したのはキューエルだった。その横にシェリーが並ぶ。 「私はどうすればいい?」 「最後尾は引き受ける。先に行ってくれ」 ラルフの答えに頷き、スタスタと歩き出すダリス。その背中をわたわたと追いかけるハーザに、魔法の明かりを掲げたラルフが続く。 そうして淀んだ闇と空気を掻き分けながら進んだ一行は、さほど歩かないうちに広間のような空間に出た。 「天然の洞窟に手を入れた感じだね」 「だな」 「神聖なる場所、なんて言うくらいだから、壁画の一つでもあるかと思ったのに」 ちょっとした集会が出来そうな広間は壁も天井も平らに均されてはいたが、そこには壁画はおろか落書き一つ見当たらない。そんな素っ気ない空間を見回していかにも山人らしい感想を漏らすハーザに、ダリスが茶目っ気たっぷりに揚げ足を取る。 「なるほど、君達山人なら、きっと素晴らしい壁画をここに刻むんだろうな」 「あー、駄目だめ。ハーザは山人のくせに不器用なんだから」 「ひどいや、気にしてるのに」 「無駄口を叩いていないで、進むぞ」 シェリーとハーザのやり取りをぴしゃりと遮って、ラルフが明かりの灯った杖をすい、とかざしてみせた。 「道は二つだ。正面と左」 広間の壁にぽっかりと開いた通路。どちらも道の先は真っ暗闇で、どこまで続いているかも分からない。 「どっちに行く?」 「左」 即答したのはキューエルだった。何の根拠があるのかは分からないが、こういう時は言いだしっぺの勘に従うのが彼らのやり方だ。 「よし、行こう!」 「はいはい」 隊列はそのままに、通路を進む。そうしてしばらく歩ていくと、僅かに明るい空間が一行の目の前に現れた。 * * * * *
「ひゃー、広いねー」 がらんとした空間にハーザの声が反響する。 そこは舞踏会でも開けそうなほどの広さと高さを誇っていた。その天井近くの隙間から差し込む光が、まるで舞台を照らす照明のように辺りを照らし出している。 「あの上、どうなってるんだろうね?」 「天井が崩れてるんじゃないか?」 差し込む光の先にはちょっとした空間があるような感じがしたが、そこまで辿り着くにはかなりの高さを登らなければならないだろう。 「大人の背丈三人分ってところか……」 思わず眉根を寄せるシェリー。身軽な彼女はこのくらいの壁なら難なく登ることができるし、空人二人は立派な羽根があるのだから飛んでいけばいい。しかし、あのハーザにこの壁を登れというのは些か無理がある。 「あっちにまだ続いているみたいだが、どうする?」 「うーん、あっちが順路かなあ」 「いやでも、あの光も気になるな」 仲間達の声にはっと振り向くと、彼らは広間の突き当たりにぽっかりと開いた道を指差して何やかやと騒いでいた。 「ここはやっぱり、近い方から行った方が……」 「しかし、あの通路はかなり長そうだぞ。先が全然見えない」 「よし、ちょっと見てくるか」 議論に飽きたのだろう、言うが早いかばさり、と翼を広げるキューエル。たんっ、と勢いをつけて地面を蹴った彼は、あっという間に天井近くまで近づいたかと思うと、光溢れる隙間にするりと体を滑り込ませる。 「どーおー?」 「おー、ここ、ちょっとした舞台みたいになってるぞー。俺が立って歩けるくらいの高さはあるなー。よいしょ」 ひょい、と隙間から顔を覗かせて、キューエルは更にこう続けた。 「それとなー、この向こうに通路が続いてるー。光はその先の空間から漏れてるみたいだなー」 「通路? そんなところに?」 「で、どーするー?」 「ひとまず降りて来い。そこにいたんじゃ話が遠い」 冷静なラルフの返答に了解、と答え、真紅の翼が再び宙を舞う。そうしてキューエルは滑空するようにして広間を大きく旋回しながら仲間の元に戻ってきた。 「で、どうする?」 「その、通路の先の空間というのはどんな感じだった?」 「眩しくってよく見えなかったんだが、かなり広そうだったぞ。ここより広いかもな」 「なんかいそうだった?」 「いや、何かいそうな気配はなかったが」 「どうする? いや、それよりも、どうやって登る、かな」 はなから自力での登攀を諦めているようなハーザの言葉に、シェリーはやれやれ、と空人二人をに目を向けた。 「あんた達二人で両脇から抱え上げればいいんじゃないの」 途端、キューエルが悲痛な声を上げる。 「俺、非力だぞ」 「……戦士だろう?」 戦士よりも非力なはずの魔術士から冷ややかな突っ込みを食らい、いやあ、と頬を掻くキューエル。ああもう、と呟いて、シェリーはびし、と通路を指差した。 「ここは後回しにして、あっちの通路を探るよ。上に登って何もありませんでした、で戻ってくるのも大変だしね」 「うんうん、そうだな」 これ幸いと歩き出すキューエルに、もう何も言うまい、と言わんばかりの表情で後を追いかけるラルフ。 「ちょっと! 罠があったらどうするんだい!」 そのまま二人並んで通路に足を踏み入れようとする空人達に、シェリーは鋭く舌打ちをして走り出した。 |
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