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6.光を目指して |
「何度見ても高いねえ」 大広間まで戻った一行は、早速いかにして壁を登るかを思案し始めた。と言っても、シェリーや空人達にとってこの程度の壁は障害にもならない。問題は、 「どうやって登ろう」 「うーん、私も登攀はあまり得意じゃないんだが」 などと呟きながら壁を見上げるハーザとダリスの二人である。言葉の割に緊張感がない辺りがどうにも腹立たしい。 「登れなかったら運んでやってもいいぞ」 「有料なんだろ?」 珍しくもそんな軽口を叩くラルフに鋭く切り返して、シェリーは早速壁に取り付いた。垂直に近い壁といえど、これだけ手がかりがあれば十分だ。たちまち上まで登りつめ、恨めしそうに見上げてくるハーザに手を振ってみせる。 そのハーザと言えば、やはりはなから登攀に挑戦する気はないらしく、空人二人に両脇を抱えられて運び上げられた。途中、キューエルが体勢を崩してひやっとさせる場面もあったが、なんとか上まで登り切り、残るはダリス一人となる。 「あんたも運ぶか?」 「いや、まずは自力で登ってみよう」 そう言ってそろそろと壁を登り出したダリスだったが、半分も行かないうちに動きが取れなくなり、ヤモリの如く壁に張り付いたまま照れたように笑ってみせた。 「すまないが私も上に上げてくれないかね?」 ひょい、と肩をすくめ、再び地上へと降り立つキューエルとラルフ。ところが、先ほどのハーザに比べて体格のいいダリスを運ぶとなると、華奢な空人二人では如何せん力が足りない。 案の定、ダリスの両脇を抱えて飛び立った二人はすぐに限界を悟って地上へと引き返す羽目になり、仕方なくシェリーが上から縄をたらし、ダリスはそれを頼りに何とか上まで登り切った。 「やあ、お嬢さん。助かったよ」 晴れ晴れと言ってくるダリスに、まったく、と肩をすくめてみせるシェリー。 「世話が焼けるなあ」 「……縄持ってるなら最初から使ってくれればよかったのに」 ぼそっと呟くハーザに睨みを利かせ、使った縄を元通りに纏め上げる。そしてシェリーは光差す通路の先へと歩き出した。 「またなんかいたら困るからね、くれぐれも慎重に歩くんだよ」 後続に言い聞かせながら、猫のような足取りで通路を進む。眩い光が差し込む奥の部屋までは、さして背の高い方ではないシェリーでも屈んで進まなければならないほどに天井が低い。 幸い、続く部屋に怪物の気配は感じられなかった。ほっと息をついて部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、ぐん、と体が沈むような感覚を覚える。 「わっ――」 しまった、と思った時はもう遅かった。足元にぽっかりと空いた落とし穴はさほど深くはなかったが、それでも十分に落下感を味わって、剥き出しの岩盤にどさっと落ちる。 「大丈夫か?」 幸い、足から落ちたために大事には至らず、すぐに立ち上がったシェリーは頭上からの声に応えようとして、げっと呻き声を上げた。 さして広くもない落とし穴の隅に、なにかにょろにょろと蠢くものが見える。落ちてきた獲物に反応して鎌首をもたげたそれは、紛れもなく大蛇だった。しかも一匹ではない。絡み合うようにして壁際に陣取った二匹の蛇はシェリーをひたと見据えて、シャーシャーと威嚇してくる。 「今度は蛇かいっ!?」 引きつった声を上げるシェリーに、しかし仲間達の反応は冷たかった。 「頑張って登って下さい」 「大した高さじゃないしな」 「お前ら……」 こめかみをひくつかせながらも、素早く落とし穴の淵に手をかけて体を持ち上げるシェリー。彼らの言う通り、落とし穴は大人の身長ほどしかなかったから、登るのは容易かった。しかしそれは、何もシェリーに限ったことではない。 「げ、追いかけてきたっ!?」 しゅるしゅると壁を這い登ってきた蛇に追い立てられ、部屋の奥へと逃げるシェリー。一方、落とし穴によって分断された仲間達は、 「シェリー、楽しそうだなあ。蛇と鬼ごっこか」 「この穴、飛び越えられるかなあ?」 「お、その蛇は焼いて食うと美味いぞ」 とまあ呑気なものだ。 「うるせえ、ぼさっと見てないでやっつけてくれよ!」 「高いぞ」 「ふざけんなっ!!」 からかうようなラルフの言葉に激昂するシェリーを不憫と思ったか、キューエルが動いた。ひらりと落とし穴を飛び越え、蛇の注意を引きつける。 「ほらほら、こっちの方が食いでがあ――?」 背後から響いてきた鈍い音に、言葉を途切れさせるキューエル。翼越しに後ろを窺えば、なんとそこには、落とし穴に見事はまってもがくダリスの姿があった。 「すまない、落ちた」 落ちた拍子にどこか痛めたのか、辛そうな声が足元から響いてくる。 「ちょっと、何してんだいっ!」 足を狙ってきた蛇をひょいと避けながら怒鳴るシェリー。残るもう一匹はと言えば、注意が逸れたキューエルに忍び寄ると、その鋭い刃をつき立てようとしていた。慌てて避けようとしたが間に合わず、革靴の先を噛み付かれて慌てるキューエルに、後ろから冷静な忠告が飛んでくる。 「ちなみにその蛇には毒があるから気をつけろ」 「そういうことはもっと早く言ってくれ!」 同胞の抗議には取り合わず、蛇を撃破するべく呪文を唱え始めたラルフだったが、しばらくして小さく舌打ちをし、詠唱を止めた。 「この私の力を以てしても発動せぬとは……」 些かわざとらしい驚嘆の声に、ハーザが少々呆れたような顔で呟く。 「ようするに、間違えたんだ?」 「誰にでも間違いはある」 しらっと答えたラルフは、ようやっと落とし穴から這い上がったダリスにちら、と視線を向けた。 「怪我は?」 「大したことはない。大丈夫だ」 そう答えたダリスだったが、やはりどこか痛めたのだろう、動きがぎこちない。それでもその体に血が滲んだ様子などはなく、ハーザがほっと息をつく。 一方、ようやっと足にまとわりついていた一匹を仕留めたキューエルは、落とし穴を越えてこちら側にやってきたダリスに、大丈夫かと目で問いかけた。 「なに、利き手が無事なら問題ないさ」 にやりと答え、静かに剣を引き抜くダリス。その勢いのまま、シェリーをしつこく付け狙う蛇へと切りかかる。そこへ、気を取り直して呪文の詠唱をやり直したラルフの攻撃が命中し、魔法の雷に打たれて一瞬動きが止まった大蛇をダリスの長剣が真っ二つに切り裂いた。 「やれやれ、酷い目にあった」 額の汗を拭いながら仲間たちのもとへと戻ってきたシェリーは、どこか悔しげに落とし穴を観察し始めた。盗賊にとって、罠に気づかなかったばかりか見事に嵌ってしまうなど、屈辱以外の何ものでもない。 「これは明らかに人為的な罠だね。重みがかかると蓋がぱっくり割れて、下に落ちる仕掛けか。こんな単純なのに引っかかるだなんて……!」 「まあ、下に槍だの針だのが仕掛けてなかっただけ良かったじゃないか」 「でも蛇がいたじゃない」 そう言いながら、よっこいしょと落とし穴に降り立つハーザ。飛び越えられないと判断して、一度降りてから登るという手段に出たらしい。 「あの蛇は仕込んであったわけじゃなくて、どこかから勝手に入り込んだんだろう。こんな餌のないところに閉じ込めておいたら、あっという間に蛇の干物の出来上がりだ」 言いながらひょい、と落とし穴を飛び越えたラルフは、改めて目の前に広がる空間をしげしげと見回した。 「この光は更に奥の部屋からか」 落とし穴に守られたこの空間もまた、ここまでと同じくがらんどうだった。しかし落とし穴と同様、その壁も床も明らかに人の手が入っている。 そして真正面に空いた通路の先からは、この部屋全体をも明るく照らすほどの光が差し込んでいた。柔らかな暖かい光は、紛れもなく太陽の光だ。天井でも崩れているのか、それとも日差しを取り入れる仕掛けでもしてあるのか。なんにせよ、視界が確保できるのはありがたい。 「いよいよ、その草とご対面かな」 期待に胸を膨らませるハーザの横で、しかし、とダリスが呟いた。 「ここまで、あの長老達が言うような「他言無用のもの」はなかったが……」 「この先にあるんだろう。今度こそ、慎重に行こうな」 「あんたに言われたくないよ」 キューエルの言葉にふん、と鼻を鳴らし、シェリーは体についた土埃を払って立ち上がった。 「さ、とっとと行こうじゃないか」 「おうっ!」 |
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