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〜幕 間〜 |
「へぇ、それじゃ元々は商家の跡継ぎだったんだ。なんか全然、想像つかないや」 「だろう? 私も、自分が商人に向いてるとは思えなかったし、すぐ下の妹がこれまた商才に長けた子でね。店は彼女に任せれば安泰だろうと思って、さっさと家出したのさ」 とんでもないことを朗らかに言ってのけるダリスに、そんな身の上話まで逐一雑記帳に書き取っているハーザ。 夕食を終え、あてがわれた客間に引き上げた彼らは、眠る前の一時を楽しんでいた。 「家出して、坊主になったってわけ?」 道具の手入れをしていたシェリーが、ひょい、と会話に混ざる。 「いや、そういうわけじゃないんだ。最初の頃は君達のような冒険者を目指していたんだが、ある日突然ユークの声を聞いてね。それからユーク神官として生きる羽目になったと、こういうわけさ」 人生、思うようには行かないもんだよ、としみじみ語るダリスに、ハーザは何と答えていいか分からず、ははは、と乾いた笑い声を上げる。 と、それまで寝台の上で瞑想をしていたラルフがふと瞼を開き、ダリスへと話しかけてきた。 「ところで、ユーク神殿の”新たな事業”は、世間一般に浸透しているのかね?」 揶揄するような言い回しに、ダリスは怒る風でもなく、ただ苦笑いを浮かべてみせる。 「いや、まだまだだね。ようやく各地の神殿で医療行為を学べるようになったが、一般の知名度といったらもう……」 推して知るべしだよ、と肩をすくめるダリスに、ラルフはなるほど、と呟く。 「とはいえ、もともと医者の中には、安らぎを司る神でもあるユークを崇めている者も多かったんだよ」 もともと闇と死の神ユークは「闇のもたらす安らぎの尊厳」を掲げている。これまでは「死したるものに安らぎをもたらす」ことが務めとされてきたユーク、その教義が見直され、癒すこともまたユークの務めという結論に達したのはつい最近のことだという。 「命を司る神には変わりないのだから、死に行く命を助けられずして何がユーク神殿か、という話になってね。医療を修めるようになったんだ」 「で、そのお医者さんがなんで一人旅なんかしてるのさ?」 ようやっと点検を終えた道具を鞄にしまい込みながら、首を傾げるシェリー。するとダリスは、はにかんだように笑って答えた。 「私は今、修行の旅の途中でね。各地を回って、病人や怪我人の治療を行って回っているんだ。神殿にこもって書物を漁るより、実際に人々と接した方が学ぶことは多いから」 「立派だなあ」 心底感心したように呟くハーザに、ダリスはにやり、と笑って付け足した。 「……というのは建前で、実は神殿のお偉方と反りが合わなくてね。こうしてきままに旅をしている方が性に合ってるらしい」 「じゃあ、ずっと一人旅を?」 「いや、そういうわけでもないよ。商隊の護衛をしたり、旅芸人の一座の用心棒を買って出たり、時にはこうして、他の冒険者に混じって行動することもある。今、病に倒れている友人も、かつて共に旅をした仲なんだ」 懐かしいなあと呟くダリス。その言葉でふと思い出したように、シェリーが口を開いた。 「そういや、この村の森人が最初に倒れた頃に、何か村に変わったことはなかったの?」 「いや、特になかったそうだよ」 何しろこの通り、のどかで平穏な村だ。何かあれば――それこそ、旅人が立ち寄っただけでも――大騒ぎになるはずである。 「それもそっか」 「村長達も、最初は季節の変わり目で風邪でも引いたのかと思ったそうだ。ところが倒れるのは森人ばかり、しかも症状は眠り続けるだけときた。ほとほと困り果てたところに――」 「あんたがふらりとやってきた、と」 羽音と共に響いた声。驚いた様子もなくゆっくり振り返ったダリスは、開け放たれた窓の向こうから顔を覗かせたキューエルに笑いかけた。 「夜の散歩はおしまいかい?」 「ああ、雲が出てきたんでね」 ひょいと棧をまたぎ、部屋の中に降り立ったキューエルは、ひょいと首を傾げてみせる。 「ところで、あんたの知人っていうのは、何をしていた人なんだ?」 唐突な質問に、ダリスは楽しそうに笑って答えた。 「彼は、それはもう腕のいい狩人でね。弓を扱わせたら世界一だと豪語していたが、まさにその通りだった。何しろ、あいつと組んでいる間は食いっぱぐれたことなど一度もなかったんだからね。これまで何人もの冒険者と手を組んできたが、安心して背中を預けられたのはあいつくらいだった」 懐かしそうに当時の様子を語るダリスに、何を思ったのかキューエルが得心顔で続ける。 「つまり、あんたの片羽だったわけだな」 その言葉に「ぶほっ」と噴き出したのはラルフである。意外な行動に目を丸くする仲間達を尻目に、大慌てでしかつめらしい表情を取り繕ったラルフは、努めて冷静な声でのたまった。 「キューエル。その表現は適切ではないな」 「そうか?」 「そうだ」 珍しく強い口調に、渋々ながらも「そうか」と納得するキューエル。一方、蚊帳の外に置かれた三人は、何のことやら分からずにきょとん、と首を傾げたままだ。 「なんだよ、その「片羽」ってのは」 堪りかねて尋ねたシェリーに、ラルフは眉間に皺を寄せつつ答えた。 「……我ら空人独特の言い回しでな。共通語で言うなら、「生涯の伴侶」とか「魂の片割れ」とか、そういった意味になるだろう」 それにはさしものダリスもきょとん、として、すぐに先ほどのラルフよろしく噴き出した。 「残念ながら、私にはそういう趣味はないのでね」 苦笑いを浮かべつつ、おもむろにシェリーを見つめてにこりと笑うダリス。 「相手にするなら、お嬢さんのような若くて美人の娘さんがいい」 「え、オレ?」 思わぬ言葉に目を白黒させるシェリーの後ろで、空人二人が顔を見合わせる。 「お嬢さん?」 そんなのがいたか、と言いたげな二人をぎろりと睨みつけ、シェリーはわざとらしい笑い声を上げてみせた。 「でもオレ、ヒゲいるし」 ヒゲ? と首を傾げるダリスに、慌ててハーザが耳打ちをする。それで「ヒゲ」こと騎士アルスラーンの存在を知ったダリスは、それはそれは、と残念がってみせた。 「お嬢さんの心を射止めた異国の騎士とは一体どんな御仁なのか、是非ともお会いしてみたいものだな」 「異国の騎士だなんて、そんな大層なヤツじゃないよ。なんたってヒゲだから」 どこか照れたように答えるシェリーを物珍しげに見つめつつ、ぼそりと呟くラルフ。 「その言い方もどうかと思うが」 「うるさいねっ!」 「すっかりその呼び名が定着しちゃってるよねえ。アルスラーンさん、可哀想」 「今頃くしゃみでもしてるんじゃないか」 「そう言えばギルのやつも髭を生やしてた時期があったなあ」 「あれはただの不精だろう」 ここにはいない仲間の話題で盛り上がる四人。そんな彼らの様子を楽しげに傍観していたダリスは、頃合を見計らって立ち上がると、夜気を追い出すように窓を閉じた。 「さて、そろそろ夜も更けてきた。明日に備えて、眠るとしようか」 その言葉に頷き、割り当てられた寝台に潜り込むシェリーとハーザ。ダリスもまた寝台に向かおうとして、ふと空人達を振り返る。 「君達は?」 言葉短く問われて、空人二人は寝台の上に膝を抱えて座り込んでみせた。背中に羽根を持つ彼らは、寝台に長々と伸びて眠ることはしない。翼を傷めぬよう、座って眠るのが常なのである。 「空人専用の寝台を置いてある宿があってもいいのにな」 「無理を言うな」 そうやって丸くなった二人が毛布を被って眠る体勢を整えたのを確認し、ダリスは壁にかけてあった燭台へと近寄ると、その小さな明かりを吹き消した。 途端に押し寄せる闇。夜の帳に包まれた部屋に、ダリスの囁くような声が響く。 「お休み。良い眠りを……」 そのあとに続いた、不思議な響きの祈りに聞き入っているうちに、いつの間にか四人は深い眠りへと落ち込んで行った。 |
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