|
ざぁ、と揺れる黄金色の波。夕日を浴びて輝く草原は、まるで金色の海のようだ。 ならば俺達は、その海を行く船だろうか。目指すは見果てぬ夢と浪漫、風と波を友として、どこまでも進んでいく。 ……なんて柄にもないことを考えてしまったのは、ついこの間まで船に乗っていたからかもしれない。中央大陸から北大陸まで、一月弱の船旅。来る日も来る日も海ばかり見つめて、いい加減飽きたと思ったもんだが、降りてみるとそれが懐かしくなったりするから不思議なもんだ。 「らう〜!!」 遥か先から甲高い声が上がる。姿が見えないのは、きらきら光る金色の頭が、草原と同化してしまっているせいだ。 光の竜ルフィーリ。いまだ幼い子供の姿をした彼女は、相変わらず俺の側を離れない。 「あんまり遠くへ行くなよ!」 「わかってる〜!」 何が楽しいのか、きゃっきゃと笑いながら遠ざかっていくチビ。それを追うように、風が草原を駆け抜けていく。 「ったく、元気なこって……」 呆れながら、彼女の向かう先を見つめる。 草原の彼方に横たわるのは、一千年も前に滅びた都市の残骸。その遺跡に眠るお宝を求めてやってきた人々が興した村、それこそが、俺達の暮らすエストだ。 村は収穫期を終えて、冬篭りの準備に追われている。それを手伝うと称して、しっかり邪魔しまくっていたチビをひっぺがし、仕方なく村の外へ連れ出したはいいが、あちこちうろついているうちに、気づいたら大分遠くまで来ていた。 そろそろ戻らないと、村に着く頃には日が暮れちまう。今日はレオーナさんとこで夕飯をご馳走になる約束をしてるんだ、遅れるわけには行かない。 「おい、チ――」 「うきゃっ」 突然妙な声が上がって、少し先の草むらが盛大に揺れた。 「あは、るふぃーり、ころんだっ!」 草の中から響く、能天気な笑い声。わざわざ報告しなくてもいいのに、律儀なことだ。 「やれやれ……」 ため息をつきつつ、「沈没船」を引き上げに向かう。まったく、いつまで俺はこんなことをしなきゃならないんだろう。 「お前な、いつも言ってるだろう? ちゃんと前見て歩けっつーの!」 我ながら所帯じみた台詞だなあと思いつつ、沈没地点に到達したところで、突如目の前に黄金色の波が立ち上がった。 「ぅわっ」 咄嗟にあとずさろうとして、草だか石だかに足をとられ、しまったと思う間もなく天地がひっくり返る。 気が付けば、俺は草の海にみっともなくすっ転がっていた。 「ってぇ……!!」 頭を打たなかっただけマシだが、この年になると「転ぶ」ということ自体が滅多にないから、思いのほか堪える。 そんな俺を見下ろして、枯れ草まみれのチビはそれはもう得意げに、にかっと笑ってみせた。 「えへぇ。らう、びっくりした?」 この野郎、わざとやったな……!? 「びっくりした、じゃねえ! ったく……」 立ち上がろうとして、俺はふと、目の前に差し出された小さな手に気がついた。 「はい!」 力強い言葉に思わず顔を上げれば、そこには黄金色の笑顔。 「らう、つかまって!」 それは紛れもなくチビの――ルフィーリの手。なのに何故、こんなにも心強く感じるのだろう。 「ほら、はやくぅ」 焦れたように唇を尖らせるチビ。その聞き慣れた、いや言い慣れた台詞に、思わず顔が歪む。まさかこいつに急かされる日が来るなんて、思いも寄らなかった。 「あ、ああ……」 恐る恐る、その手をつかむ。そうして立ち上がった俺の目に飛び込んできたのは、今まさに地平線の彼方に沈み行く、黄金の太陽。 「うわぁ、きれい」 うっとりと夕日に魅入っているチビの横顔は、はっとするほど大人びていて。 いつまでも―― いつまでたっても、手のかかるガキだと思っていたのに 「らう?」 急に黙り込んだ俺を不思議に思ったのか、チビがくいくい、と手を引っ張る。その仕草はいやに子供じみていて、先程見せた表情との落差に思わず噴き出しそうになった。 「いや、なんでもない」 そう答えた俺に、ふうんと呟く。そしてぎゅっと指に力を込めると、 「おうち、かえろ? れおーな、まってるよ」 そう言うが早いか、俺の手を引っ張って走り出すチビ。夕食の約束を、こいつもしっかり覚えていたらしい。それ自体は喜ばしいことだが、しかし―― 「お、おいっ! そんなに走ったら、また転ぶっ……!!」 「だいじょーぶっ」 草の海を掻き分けて、一目散に村を目指す。 その迷いのない足取りが、なんだか頼もしい。 「……いつの間に、一丁前になりやがって」 「? いっちょまえって、なに?」 きょとんとするチビの頭を小突き、わざと答えをはぐらかす。 「さあな! ほら、急がないと喰いっぱぐれるぞ!」 いつだって、俺の手につかまっていた子供 でも、そう。もしかしたら―― 手を引かれていたのは、俺の方だったのかもしれない 「らうっ、るふぃーり、ごはんたべるー!!」 「分かったから、少し落ち着けっ! 飯は何も逃げやしないだろっ!」 「きょうのごはんは、うずらのぱいづつみ〜♪」 賑やかな声を響かせながら、ひたすらに草原を駆ける。 目指す村は、もうすぐそこだ。 終☆
|