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「36 etude」 24:「架空の構図」
夢を、見ていた。 昼下がりの庭園に、俺と、チビと、じじいと、それから―― 小さい俺にじゃれついてくるのは、いつものままのチビ それをひょいと抱き上げたじじいは、出会ったころより若くって うっかり「父さん」と呼んだら、照れくさそうに笑った 陽だまりの庭 眩しい午後の日差しが、蒼い影を落とす 小さな東屋から漂ってくるいい匂い 焼きたての菓子を手に俺達を呼ぶ、涼やかな声 風にそよぐ、翠緑色の髪 透き通るような笑顔が眩しくて、眩しく、て――? 「まぶし……」 うめきつつ、ゆっくりと目を開ける。見えたのは薄暗い天井と、壊れた鎧戸の隙間から差し込む眩い光。そして、寝台から滑り落ちた布団と、そこから覗く小さな足。 「あいつっ!!」 自身が床の上に転がっていることに気づいたラウルは、ばっと立ち上がって眉を吊り上げた。 「……このチビ!!」 ここ数日、襲撃がなかったので油断していた。小さな侵略者はラウルの寝台にでーんと寝転がって、ふにゃふにゃと寝言を呟いている。 「ったく……」 のろのろと起き上がり、寝台に腰掛ける。そしてラウルはすやすやと寝息を立てる少女を恨めしそうに見下ろした。 「そういやお前、夢の中にまで出てきやがったな」 昼下がりの庭園に、自分と、少女と、養父と、それから――それから? 「誰だっけ?」 今となっては思い出せない、もう一人の人物。かろうじて覚えているのは、そのほっそりした白い腕と、それから……。 ふいに馬鹿馬鹿しくなって、頭を振る。 「夢は夢だ」 それは、闇が紡ぐ淡い幻。目覚めた瞬間、光の中に儚く溶けてしまうもの。手を伸ばしたところで、掴むことなど出来やしない。 それよりも今掴むべきは、上着もしくは毛布の方だ。 「うー……」 しばし逡巡した挙句、二度寝は諦めて上着を羽織る。そうしてようやく人心地ついたところで、ラウルは再び寝台を窺った。 「……それにしても、なんでお前だけこのままだったんだ?」 ぐーすか眠りこける同居人を見て、首を傾げる。そこに、遠くから鐘の音が響いてきた。 それでも一向に起きる気配のない少女を見下ろして、にやりと笑う。 「よし」 壊れかけた鎧戸を一気に解放して、冷たい空気と清廉な朝の光を室内へ呼び込む。そして、大きく息を吸い込むと、 「起きろ、チビ――!!」 「ふぇっ!?」 奇妙な声を上げて、ばっと飛び起きる少女。そして、してやったりと笑うラウルをきょとん、と見上げると、太陽と見まごうばかりの笑顔を覗かせた。 「らうっ! おはよっ!」 その眩しさに思わず目を細め、次いで苦笑を浮かべる。 「ちぇ、全然堪えないのな、お前」 「こたえる、なに?」 不思議そうに首を傾げる少女に何でもない、と手を振って、ラウルは居間へと続く扉を開けた。 「さあ、とっとと顔洗って来い! 飯の用意するぞ」 「らうっ! るふぃーり、おなかすいたっ!」 不可思議な夢をくぐり抜けて。 同じくらい不可思議な日常が、今日もまた幕を開ける。 終☆
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