lost child

[花街]

 しばらく歩いても、相変わらず人通りはない。それどころか、いかにも怪しげな看板をぶら下げた店が左右に並び、昼間にもかかわらず酒と煙草、それに香水の匂いがどこからともなく漂ってくる。
 普通の子供なら尻込みをするような場所だったが、自分にとってはとりたてて珍しいものでもない。平然と歩いていると、ふいに横から伸びてきた白い腕に絡め取られた。
「あらぁ、こんなところでどうしたの、ぼうや?」
 むせ返るような花の香りに閉口しながら、ぐいと声の主を見る。とろんとした目でこちらを見つめてくるのは、薄い衣装に肩掛けを引っ掛けただけの女だった。豊かな胸が背中に当たるが、悲しいかなそれで動揺するほど初心ではない。
「ちょっと野暮用だよ、姐さん」
 やんわりと腕を外しつつ、そう答えてやると、女は少しだけ驚いた顔をして、くすくすと笑う。
「あらやあねえ、場慣れしちゃって面白くない。その年で何人女を泣かせてきたの、この男前」
「誰も泣かせてねえよ」
 ぶっきらぼうに答えて、くるりと踵を返そうとしたが、女の手が再び伸びてきて、力強く抱きしめられた。
「アタシの子もねえ、生きてりゃこのくらいかしら。もういっぱしな口利いて、女の子を玩んで……」
「姐さん、酔ってるのか?」
 酒の匂いはしないが、その瞳は明らかにここではないどこか、自分ではない誰かを映している。
「大好きな人の子供だったのよぉ。今頃どこで、どうしてるのかしら……アタシのかわいい、黒髪の坊や」
 そう言っていとおしげに撫でてくる手を、振り払うことは出来なかった。
 しばらく、されるがままでいたが、女は急に我に返ったように手を離すと、照れたように笑ってみせた。
「なぁんて、ね。冗談よ、じょーだん」
「そうかよ。じゃあな」
「あら、もう行っちゃうの? 残念ねえ」
 よほど退屈していたのだろうか、名残惜しそうな女に背を向けて、足早にその場を後にする。
「もっと大きくなったら遊びにいらっしゃい」
 からかわれているのだと分かってはいたが、一応手を上げて答えておいた。

 しばらく歩いたところで、はたと立ち止まる。
「しまった、道を聞けばよかった」
 ようやく出会った人間だったというのに、すっかりそのことを忘れていた。
 今更戻って道を聞くのもなんだか間抜けな話だ。
 道は再び目の前で二手に分かれている。さて、どちらへ進むか……。

まっすぐ進む

右の道に行く