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第七章[5]

 勿論、大丈夫ではない。

「そんなに怒らないで下さいよ〜。ほら、こうしてちゃんとご飯も出してますし、休憩だって取ってるじゃないですか」
 言い訳がましい村長の言葉には答えずに、ラウルは口の中の乾し肉をがじがじと噛んでいた。
 薬の効果は切れているが、代わりに両手両足を拘束されている。食事時以外はご丁寧に猿ぐつわまで噛まされて、たまにすれ違う旅人に救助を求めることも出来ない。しかも、夜通し揺れる荷台に寝かされていたため、体のあちこちが痛んで仕方ないときた。
 すでに日は暮れかけており、馬車の中も大分薄暗くなってきていた。ラウルが気づいたのは昼頃、その時にはすでに身動き出来ない状態にされていた。ラウルが目覚めたことに気づいた村長が馬車を止めたのはそれから半刻ほど経ってからで、その間ラウルは激しく揺れる荷台の中、憮然とした表情で転がっていたのだ。
(それにしても、どこへ行くつもりなんだ……?)
 幌が張られているために、周りの景色は全く見えない。見えたとしても、この辺りにまだ詳しいとはいえないラウルには場所の特定など出来やしないのだろうが。
(大体、どういう目的で俺を……)
 依頼主が卵を欲しがっているといって、どうしてラウル自身が誘拐されなければならないのか。
 まあ、確かに卵はここにあるからあながち間違ってはいないが、それを知っているのはエスタス達三人とラウル、そしてキーシェだけのはずだ。
(まさか……いや、そんなわけ……)
 あの三人の中に盗賊ギルドの内通者がいる、とはとても思えないのだが、その可能性も今となっては否定出来ない。
 黙りこくるラウルに、ふと村長が口を開いた。
「あと半日もしたらエルドナに着きますから、それまで我慢して下さいね」
 ラウルは咀嚼を一瞬止めて、村長を見る。いつの間に着替えたのか、村長はいつもの簡素な服から、旅人の装束に替わっていた。大き目の帽子を深く被って髪や目を隠しているため、ちょっと見ただけでは村長とは分からない。
(エストからエルドナまでは、馬車でも三日はかかるはずだ。いくら急いだとしても、二日ほど。となると……少なくとも一昼夜、気を失ってたわけか……)
 一昼夜荷台に転がされていれば、それは全身痣だらけになるはずだ。
「エルドナに着いたら解放してくれるとでも?」
 流石にそれは、と村長は苦笑を漏らす。
「それは勘弁して下さい。こちらも仕事ですから……」
「……盗賊ギルドは、卵には関わらないと言っていませんでしたか? それを今更……」
 以前もらったギルド長からの手紙には、確かにそう書かれていた。だからこその不意打ちでもあるのだろうが。
「ギルドが約束を破るなんて、思いませんでしたよ」
 信用第一の盗賊ギルドでは、約束事は絶対と聞く。皮肉をこめて言うラウルに、しかし村長は困った顔のまま、
「そう言ったんですけどねえ。納得して下さらなかったものですから、卵には手を出さずに、あなたに来て頂いて、直接尋ねて下さいということで折り合いがつきまして」
 と言ってのけた。
(なるほど、俺を直接ご招待する分には、約束を違えたことにはならないってわけか)
 大分無茶な言い分のような気がするが、まあ確かに、卵に直接手出しはしていない。
「私は反対したんですよ? あなたは一筋縄では行かない相手だと分かってますし……。そうそう、もうそんな堅苦しい喋り方はやめて結構ですよ。本神殿に告げ口なんてしませんから」
 その言葉に眉をひそめるラウル。村長はにっこりと、
「現地での評判が良ければ、戻れる日も近くなりますものね。大丈夫です、ラウルさんはとても礼儀正しい、心優しい方だとお伝えしますから。でも、例えあなたが素のままで村人達に接したとしても、彼らは心証を悪くしたりなんてしないと思いますけどね」
 この状況でそんなことを言われても困るのだが、村長はからかっている訳ではないらしい。
(とすると、少なくともこのまま殺される心配はないってことか……?)
 ラウルがこのまま、そのお得意様とやらのところから戻らなければ、評判も本神殿へ戻るも何もない。村長は倒れたラウルを医者に見せると言って村を出てきたらしいから、そのまま病状が悪化して還らぬ人となった、とでも言えば辻褄は合ってしまうのだ。 しかし村長はあっけらかんと、ラウルが戻った後のことを言っている。
「……あんたは、一体何を考えてるんだ?」
 低く尋ねるラウルに、村長はいつもの顔のまま、
「色々です。ああ、やっぱり、そっちの方がラウルさんらしいですね」
 と話を逸らし、それ以上は何も語ろうとはしなかった。

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