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第六章【3】

 エストにはもともと、小さいながらも歴史のあるユーク分神殿が存在した。
 古くはルーン遺跡探索者の拠点として賑わったこの村にとって、ユーク分神殿は夢半ばで息絶えた者が眠る場所であり、夢を諦め平凡な日々を選んだ者にとっては人生の終着点でもあった。
 そんなユーク分神殿の様子がおかしくなりはじめたのは、悲劇の始まる五年ほど前だったという。
 旅の若きユーク神官を迎えたユーク分神殿が、次第に不穏な雰囲気を醸し出し始めたのは、その若きユーク神官の少女が神殿に居ついてしばらく経った頃だった。
 若いながらも優れた力を持ち、また温厚で心優しいその少女は、あっという間に村の人々から慕われるようになった。その人柄が評判を呼んで、分神殿にも多くの神官が集まってきたという。
 ところが。
 次第に神殿の雰囲気が荒み、村で不審な死を遂げる者が続出し始めた。それは徐々に範囲を広げ、周囲の村でも被害が出始めた頃には、すでに神殿は完全なる影の支配を受けていたのである。
 神殿内でも死者が続出したのは、意にそぐわぬ神官を彼らが抹殺したためだろう。そして死したはずの彼らが蘇り、村人を襲うようになる。
 そうして、少女を頂点とする「影」は村を完全な支配下に置いた。 村人は死の恐怖におびえながら、彼らの監視下での暮らしを余儀なくされた。
 村への出入りも彼らによって制限され、訪れる旅人や商人に影の神殿の正体を明かす事のないよう、それは窮屈で苦痛に満ちた日々を送らされたのだ。
 監視の目を掻い潜り、救援を求めようとした者はすべて殺され、そして物言わぬ配下に仕立て上げられる。昨日まで隣に暮らしていたものが、次の日には死人となって操られる恐怖。時折行われる儀式の度に、一人また一人と連れて行かれ、そして変わり果てた姿となって帰ってくる村娘達。
 まさに、それは恐怖の日々だった。
 エストを隠れ蓑に、活動範囲を広げていく影の神殿。次第にその存在は人々の噂に上り、首都の守備隊も乗り出したが、彼女らはたくみに守備隊の目を掻い潜った。
 まさに打つ手なし、と村人達が絶望に襲われていたその時、思わぬところから救いの手は差し伸べられた。

 それは、物見遊山の旅の途中という貴族の青年とその護衛達。
 しかしてその正体は、闇の神ユークに仕える神官ゲルク=ズースンとその仲間達だった。

 村を訪れた彼らはすぐに村人の置かれている現状に気づいたが、そうと気づかぬ振りをして村に滞在し、情報を集めた。それだけでは埒が明かないと見ると、ゲルクは身分を明かして堂々とユーク分神殿に乗り込み、強引に神殿に籍を置いて彼らの様子を探った。
 ゲルクがユーク神官と知り、彼を裏切り者と罵る村人もいた。 仲間が襲われ、物言わぬ躯となって帰ってきた日もあった。 ついには神殿を追われたゲルクだったが、仲間達と協力して地道に影に蔓延る根を絶ち、戦力を削り、儀式を妨害し続けた。
 そんな彼らの戦いぶりに奮起し、決起した村人達と共に、最後の戦いへと向かったのが、昨晩の事。
 夜を徹して続けられた戦いは、まさに死闘と呼ぶべきものだった。
 多くの村人が、そして仲間が倒れた。たくさんの血と涙が大地を濡らし、多くの命が儚 く散っていった。
 それでも。
 自分を、そして仲間を信じて戦い続けたゲルクは、ついに影を束ねる「巫女」と呼ばれる銀の髪の少女へと挑み、そしてゲルクの放った渾身の一撃は、少女の胸を刺し貫いた、はずだった。
 これで、終わる。 そう確信したゲルクの目に映ったものは、それでもなお空虚に笑い続ける少女の姿。

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