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第十章【11】

『るふぃーり』
 にぱっと笑って少女は言った。唐突にもたらされた『らう』以外の響きに、戸惑うラウル。
『るふぃーり』
 今度は自分を指差して、同じ響きを繰り返す。
「ルフィーリ?」
 ラウルが何気なくその言葉を返すと、少女はそれは嬉しそうに笑って、そしてラウルを指差した。
『らうっ』
「違う!俺はラウルだ、ラウル!」
『らうる?』
「ああ、そうだ。ったく……半年以上一緒にいて、人の名前もちゃんと覚えてねえのか、お前はっ!」
 そう。
 紛れもなく、それはあの卵の中で眠っていた、光の竜。
 彼が守り通した命。
『らうっ!』
 びとっと足に飛びつく少女を、気紛れに抱き上げてみる。まるで羽のように軽いその体は、健やかな太陽の匂いがした。
 いきなり目線の高さまで抱き上げられて、少女は喜びの声を上げる。そしてまたラウルの顔に手を伸ばしてきた。
「お前、ルフィーリっていうのか」
『るふぃーり!』
 嬉しそうに繰り返すその姿は、人の子供と何ら変わらない。これが本当に、大いなる力を秘めた竜なのかと疑いたくなるような、無邪気な声と笑顔。
「孵ったら大人の竜になるんじゃないのかっ!?……ったく、勘弁してくれよ」
 想像とは大分違った竜の姿。片手で楽に支えられるほど軽く小さな体は、それでも確かにラウルの腕の中にいる。同じ風の中で、言葉を交わしている。
『らう?』
「ラウルだっつーの……」
 もう呼び慣れてしまっているのだろう。直しても直しても、ルフィーリは「らう」と彼を呼ぶ。 観念したように、ラウルは笑ってみせた。
「もういい、好きに呼べ」
『らうっ!』
 そして、その白い手が汚れるのも構わずに、ルフィーリは血と泥と汗にまみれたラウルの顔を触ってきた。それは好奇心から来る行動なのだろうが、まるでよしよし、と撫でられているような気がして、ラウルはその手をまじまじと見つめた。
 小さな白い手。けがれを知らない、滑らかな子供の手。
 いや、それはきっと、ただそう見えるだけなのだろう。このルフィーリもまた、悠久の時を見つめてきたもの。その長い歩みの中には、数々の苦しみや悲しみがあっただろう。多くの出会いと別れを繰り返しただろう。そんな過去を胸に秘め、そして今、ここに再び生まれ出でたもの。
 その過去を知ろうとは思わなかった。今、この瞬間ここに存在する事こそ、なによりも確かな生の証。
『らうぅ』
 不意にルフィーリがラウルの腕の中で身をよじった。何事かと慌てるラウルに、小さな手が指し示すのは、半ば崩れかけた階段を駆けて上がってくる仲間達の姿。
「ラウルさーん!」
「おーい、生きてっかー!」
 口々に叫びながらやってくる彼ら。エスタス。カイト。アイシャ、そしてシリン。
『らぅっ!』
 大きく両手を振るルフィーリ。ラウルも付き合って手を振ってやる。
 そして。
 彼らがラウルとの再会を果たしたその時。
 光が、戻ってきた。

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