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PRAY

〜花に願いを〜




 山の頂に咲く白い花
 精霊の宿るその花は
 花びらの数だけ
 願いを叶えてくれるという……


 薄暗い山道を必死に歩く少年。
 山歩きに慣れていないのか、息も絶え絶えに山頂を仰ぐ。
 遥か遠くに見える頂は雲に覆われ、少年を拒んでいるかのよう。
 疲れ果てて近くの岩に腰掛ける。途端にぐう、と鳴る腹の虫。
(そういや、昨日の夜から何も食べてないんだっけ……)
 背負い袋を下ろし、中から固くなったパンを取り出して口に運ぼうとする。その瞬間、脳裏に病床にある母親の顔、そして村の子供達の罵声が過ぎり、うなだれる少年。
『伝説の花を取りに行きたい? 馬鹿言うなよ』
『山にはおっかない獣がうようよしてるんだぞ!』
『お前なんかあっという間に食われちまうさ』
『あー、また泣いた。こんな奴ほっといて遊ぼうぜ』
 ぶんぶんと頭を振って、子供達の嘲るような顔を頭から追い払い、ふうと溜め息をつく。
(黙って出てきちゃったからなあ……母さん、怒ってるかな)
(でも……!)
 食べかけのパンを握り締め、再び山頂を見上げる。そのどこかに咲くという白い花を見出さんとばかりに――。
 と。
「そこで何をしている」
 唐突な声にびくっとしてパンを取り落とす少年。びびりつつ声のした方を見ると、近くの木立の向こうに黒髪の少年の姿を見つける。
 黒髪に黒い瞳、鮮やかな刺繍の施された額当てに、毛皮のマント。それらは全て、彼が「守人」と呼ばれる一族であることの証。
「も、守人!?」
 脳裏を過ぎる村人の言葉。
『彼らは森と山を守る一族なんだよ』
『やつらは自分達の領域を侵したものを許さない』
『山には決して近寄っちゃならん』
(こ、ころされちゃう!?)
 顔面蒼白で後ずさる少年に、守人は同じ言葉を繰り返す。
「そこで何をしている」
「ぼ、ぼくは、その……あの」
 パニック状態になってうまく言葉が出ない少年に、守人はつかつかと歩み寄る。その手には弓、背には矢筒、そして腰には使い込まれた短剣。
 それらの武器を見て余計に慌てる少年の前までやってきて、守人は彼をじろじろと見回す。
「麓の村から来たのか」
 こくこくと頷く少年。
「帰れ」
 鋭い言葉と視線に一瞬体を震わせつつも、ぶんぶんと首を横に振る少年。それを不思議に思ったのか、守人は小さく首を傾げる。
「なぜだ」
「ぼ、僕の母さんが、病気なんだ。だから、この山の頂にある花を……」
「花?」
 少し考えて、ああと呟く守人。しかしすぐに厳しい表情に戻り、
「無理だ。帰れ」
「いやだ!」
「どうしても?」
「どうしても!」
 決意のこもった瞳に、小さく溜め息をつく守人。そして何も言わずにその場をスタスタと去っていく。
(見逃してくれた……のかな?)
 不思議そうにその後姿を見つめつつ、はっと思い出して立ち上がる。
「急がなくちゃ!」
 歩き出す少年。

 昼過ぎ。へとへとになりながら、木の根元にへたり込む少年。
「のど、渇いたなあ」
 水筒の中身はとうにからっぽ。最後の食糧であるパンを鞄から取り出してかじり出すが、口の中が乾いているためにうまく飲み込めない。
 パンが喉につっかえて苦しむ少年。と、目の前にぬっと突き出された革の水筒。
 えっと思って顔を上げると、先程の守人がそこに立っていた。
「飲め」
「う、うん」
 恐る恐る水筒を受け取り、栓を抜いて一気に飲み干す。中身はただの水だったが、この上なく美味しく感じた。
 少年が飲み終わったのを確認して、水筒をその手から取り返し、守人は口を開く。
「山頂は遠い。キオの足でも二日かかる。それでも行くか」
 キオ。どうやらそれが守人の名前らしい。二日と聞いて少し決意がぐらついたものの、それでも大きく頷く少年。
「そうか」
 そう言って、傍らに腰掛けるキオ。そして少年が食べ終わるのを待つ。
「あの……僕を追い出さないの?」
「追い出されたいのか」
「そうじゃないけど、だって君は守人なんでしょ? 侵入者を排除するのが守人の務めだって……」
「キオは御山を荒らすものを許さない。お前は御山を荒らすものか」
「違う、と思う……」
「お前は頂を目指すもの。キオはそれを見届ける」
 え、と目を見張る少年。
「見届ける?」
「頂を目指せ」
 そう言って立ち上がるキオ。そして、動こうとしない少年を怪訝そうに見下ろす。
「行かないのか」
「い、行くよ!」
 慌てて立ち上がり、道なき道を歩き出す少年。その少し後をついていくキオ。

 そして、少年二人の道中が始まる。
 日が落ちると共に歩みを止め、木のうろに少年をいざなうキオ。そして手持ちの食糧を食べ切ってしまった少年に、干し肉を差し出す。
 うろで木の葉に埋もれて眠り、朝になったら近くの清水で水筒を満たして、山頂を目指す二人。
 途中、急斜面を滑り落ちそうになった少年を支えたり、転んで擦りむいた箇所を丁寧に手当てするキオ。
 鳥の種類を当て、木の名前を尋ね、小動物の足跡に笑う。そうして二人は次第に打ち解けていく。

 そして、二日目の昼。
 とうとう山頂に辿り着いた少年は、夢にまで見た幻の花を目の当たりにする。
「こ、これが……?」
 当惑気味に花を見つめる少年。その花は確かに美しい白い花だったが、その花びらは風に飛ばされ、三枚しか残っていなかった。
 それでも、少年は必死に花に願う。
「花の精霊、僕の願いを叶えて!」
 しかし、白い花は風にそよぐだけ。花に宿るという精霊が出てくる気配もなく、少年の叫びだけがこだまする。
 がっくりと膝をつく少年。それを静かに見守るキオ。
「……やっぱりあんな伝説、嘘っぱちだったんだ」
「花の精霊なんていやしない、願いなんて叶いやしないんだ!!」
 うなだれる少年の肩を、そっとキオが叩く。
「何を願うつもりだった」
「そんなこと、キオには関係ないだろ!」
 涙目で振り返る少年に、キオは力強く繰り返す。
「何を願う?」
「……母さんの病気を、治して欲しい」
 願い事は花びらの数だけ。だから少年は、指折り数えて願いを呟く。
「あとはね、強くなりたい。母さんを守れるくらい、強く。それと……」
「友達が欲しい」
 村の子供達から仲間はずれにされ続けた自分が悔しくて。それでも、自分を変える勇気がなくて、俯いてばかりだった少年。
「……そうか」
 キオはやおら、風に揺れる花の前にしゃがみ込むと、周囲の土を掘り返し始める。
「キ、キオ!? 一体何を……」
「この花の根はいい薬草になる」
 え? と首を傾げる少年に、根を掘り返したキオはそれを丁寧に抜いて布にくるみながら、にっこりと笑ってみせる。
「お前はここまで来た。大人でもくじける道を、諦めずに進んだ。だからお前は強い」
「キオ……」
 花を背負い袋にしまいこみ、改めて少年へと向き直る。そして。
「帰ろう、友よ。お前の村まで送っていこう」
 すい、と差し出された手を、驚いたように見つめる少年。そんな少年にキオは尚も言う。
「キオは友の名を知らない。教えてくれるか」
 ぱぁ、と笑顔を浮かべ、その手を取る。
「ニルス。僕は、ニルスっていうんだ」
「ではニルス。願いは叶ったか」
「うん!」
 そうして歩き出す二人を祝福するように、雲間から差し込む太陽光。



 山の頂に咲く白い花
 精霊の宿るその花は
 花びらの数だけ
 願いを叶えてくれるという……

end.

後書き
小説版
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