「不安だ」
 きっぱりと言われて、むむっと眉根を寄せる。その横では金髪の少女が口を尖らせて、黒髪の保護者へと必死に訴えかけていた。
「だいじょーぶ! ろーらと、るふぃーり、ちゃんとできる!」
「そうだそうだ。大体、私はあともう少しで成人する身なんだぞ。そんなに心配しなくてもいいじゃないか」
 二人の言葉に、青年はほほう、と顔を引きつらせた。
「常識知らずと世間知らずが組んだら最凶だ! いいからお前らは休んでろ、俺一人で行ってくるから」

 黒髪の青年と二人の少女がこのソレルの町に辿り着いたのは、つい半刻ほど前のことだった。まだ日は傾いていなかったが、次の宿場町セヴィヤまではかなりの距離があると門番に諭され、予定外ではあったがここで一泊することに決めた。
 面倒見の良い門番に評判の宿を教えてもらって、運良く空いていた部屋に落ち着いたまでは良かった。しかし、早く宿に入ってしまったせいで暇を持て余した少女らが、とんでもないことを言い出したのだ。
 曰く――。

「やーだー! るふぃーり、おつかい、したいー!」
「私もたまには妹と二人でお出かけがしてみたいぞ。そんな遠出をするわけじゃない、すぐそこの広場まで行って来るだけじゃないか。我々二人の方が怪しまれないだろうし、な?」
「悪かったな、どうせ俺は指名手配犯だよ」
 王女誘拐の罪で指名手配中の不良神官ラウル=エバスト。すでにあちこちの町で人相書きが貼り出されている彼が一人で出歩くよりは、深窓の姫として素顔すらまともに公表されていない王女ローラと、どこからどう見てもただの少女にしか見えないちびっこ竜ルフィーリが買い物に出かける方が無難なことは確かだ。そして、手持ちの食料が底を尽きかけていることも、また事実。
 しかし――。
「本当に、お前らだけで大丈夫か?」
 不安げに尋ねれば、少女らは自信満々に頷いてみせた。
「任せてくれ! 私だって、ただの箱入り娘じゃないんだぞ。城を抜け出して市場に遊びに行ったこともある。だから買い物なんて朝飯前だ!」
「まっかせて! るふぃーり、ねぎる、も、できるよ! 『もーちょっと、べんきょーしてくれよ』、ね!」
「おお、我が妹は買い物上手だな。値切り交渉は任せたぞ」
「うんっ!」
 すっかり盛り上がっている二人に、ラウルは分かった分かった、と手を振った。
「そこまで言うならお前ら二人に任せよう」
 言い出したら聞かない二人のことだ、ここで駄目だと言って一人で買い物に出たところで、こっそりついてくるに決まっている。
 下手くそながら特徴を捉えた人相書きのせいで、ただでさえこの大陸では珍しいこの黒髪が、余計に人目を惹くようになってしまったことも事実だし、ここは社会勉強の一環ということで二人に任せた方がいいだろう。
 荷物をあさり、適当な紙にさらさらとペンを走らせる。そして懐から財布を取り出すと、ひいふうみ、と硬貨を数えて小袋に放り込んだ。そして、わくわくと差し出される二対の手に、袋と紙とをそれぞれ握らせて、しっかりと念を押す。
「いいか、なくすなよ。ここに書いてあるもん全部買って帰って来い。ちゃんと値切って来いよ」
「らうっ!」
「分かった。任せておけ! さあ行くぞ、我が妹!」
「うわあん、まってえ」
 善は急げとばかりに走り出す二人の背中に、慌てて付け足す。
「夕の三刻までには帰って来いよ! それと、走るな!」
「はーいっ!」
 綺麗に重なる、少女らの返事。そして、幾分か速度を落とした足音が階下へと消えていくのを聞き取って、ラウルはやれやれ、と溜息をついた。
「ホントに大丈夫だろうな……?」


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