「……で?」
 机の上に並べられた品々を一瞥して、ラウルはぎろり、と少女らを睨みつけた。
「紙片をなくした挙句にあちこちうろついて、それでもどうにか買い物をして帰ってきたはいいが約束の時間に遅れた、までの経緯は分かったとして――」
 なかなか戻ってこない二人を心配し、人目につくのを承知で宿の外で待っていたところに、両手に抱えきれないほどの荷物を持って帰ってきた少女達は、ラウルを見つけるなり興奮した様子で喋り続け、それで「はじめてのおつかい」の様子はつぶさに把握することが出来た、のはいいのだが。
「……干し肉、堅パン、干し杏の砂糖がけ、ハッカ飴、乾燥芋、ラム酒一瓶、カミツレとウイキョウとニガハッカ、水袋一つ、までは上出来だ。なぜかイチゴ飴が追加されてるのも目を瞑ろう。だがな――」
 顔をしかめて机の上から摘み上げたのは、硝子で出来た平たい玉。
「おはじき?」
 続いて手に取ったのは、色とりどりの紐を編み合わせた飾り用の紐。
「組み紐?」
 更に、机を占領しているのは、今が旬の――。
「甘藍?」
 他にも、蛙の指人形に貝殻の腕輪、兎の形の砂糖菓子に、とどめは大人用の麦わら帽子――。
 こめかみに青筋が浮き立つのを自覚しつつも、ラウルは務めて冷静に、穏便な声で問うた。
「おまえら、一体何を買ってきた……!?」
 ひええ、と肩をすくませ、顔を見合わせる少女達。
「かみ、なくした、なに、かう、わかんない」
「用心棒の字が汚いから、ちゃんと読めなくて」
「だから、ろーら、るふぃーり、いーっぱい、かんがえた!」
「辛うじて解読できたのが『てき、う、きが』だったから、じゃあなんだろうと考えてだな」
 ほう、と低い声を出し、少女らを見据えて尋ねる。
「……で、それをなんだと思ったんだ」
「適当に気が向いたもの」
「てきとうにきがむいたもの」
 綺麗に重なった声に打ちのめされ、机に突っ伏しそうになるラウル。
「あのなあ……」
 字が汚いことは自覚している。その上、走り書きだったから、いつもよりも読みにくかったことは認めよう。しかしだ。
「俺は、適当な着替えって書いたんだよ! だれがこんなガラクタ買ってこいって言った!! しかもなんだその麦わら帽子は! どう考えても大人用じゃねえか!!」
「だって、用心棒が、いつも頭が暑いって言ってるから」
「これなら、すずしいよ、って、いわれたっ」
 得意げな二人の顔に、気力のすべてを持っていかれて、ラウルはどっと溜息をついた。
「もういい、俺が悪かった……」
 気恥ずかしくて、ちゃんと説明しなかった自分にも責任の一端はある。
 ぐしゃぐしゃと頭をかき回し、ラウルは二人から視線を外して口を開いた。
「急な出立だったから、お前らの着替えが絶対的に足りないだろ。だから、いい機会だし、自分達で選んできて欲しかったんだよ」
 それでも何枚かは、途中で立ち寄った街で買い足してきたのだ。そのたびに胡乱な目で見られ、または贈り物かと冷やかされた。あの気恥ずかしさときたら……!!
「そうだったのか……」
「るふぃーり、ふく、きらーい。だから、いらない、もんっ」
 そういう問題じゃない、とルフィーリの頬を引っ張れば、少女も負けじとラウルの頬をびよーんと伸ばす。
「じゃあ、今度はみんなで買いに行こう!」
 爽やかに言い放つローラに、それも勘弁してくれ、と頭を抱えるラウル。そんな彼らに微笑みかけるように、窓から差し込む夕日はますます赤みを増して、山積みの「お買い物」を照らし出す。
 常識知らずに世間知らず。その二人が一生懸命、自分の足で探し求めてきた品々は、どれも宝物のように輝いて。
(……ま、はじめてにしちゃ上出来か)
 なにやら色々と出会いもあったようだし、経験を積むことで彼女達が少しでも成長してくれるのなら、多少の失敗には目を瞑ろう。
「まあ、いいさ。次も頼むぜ」
 わしわしと二人の頭を乱暴に撫で、それから机の上に鎮座した甘藍をひょいと取り上げて、扉へと歩き出す。
「用心棒?」
「こんなの持って旅するわけにいかないだろうが。下で料理してもらって今日中に食っちまわないと」
「わーい♪ ごはんっ、ごはんっ」
「ほら、行くぞ!」
「わわ、待ってくれ用心棒!」
 甘藍を弄びながら、足早に部屋を出て行くラウルを追いかけて、少女二人が廊下を駆ける。
 階下の食堂から漂ってくるいい匂いに、自然と足は速くなり、最後はほとんど全速力に近くなった辺りで、ラウルの怒声が宿屋に響き渡った。
「こらー! 走るなって言ってんだろー!!」

 三人の賑やかな旅路は、まだまだ続く。

終わり

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