<< >>
7.最後の扉

 天井から差し込む眩い光に、思わず目を細める。
 地震か何かで崩れたのだろうか、大きな亀裂の入った天井から燦々と降り注ぐ太陽光。その光を一身に浴びて輝く緑色の葉に、一行は揃って息を飲んだ。
「これが、薬草?」
 剥き出しの地面から伸びる、大人の膝ほどの背丈の草。葉はすんなりと長く細く、まるで森人の耳のような形をしている。
「何もいないだろうなあ」
 慎重に辺りを窺うシェリーを横目に、ずかずかと広間に足を踏み入れたラルフとキューエルの二人だったが、辺り一面に生い茂る草を見て怪訝そうに首を傾げた。
「……なんか、違わないか?」
「そうだな、あの長老達の言っていた特徴と少し異なるようだ」
 え、と呟くシェリーに、ラルフは草の一枚を手に取り、ひょいと裏返してみせる。
「彼らの話では、例の薬草は裏面が紫がかっていると言っていた。これは裏も表も同じ色をしているし、葉の表面がザラザラしている。そこらの草原に行けばいくらでもお目にかかれる雑草の類だな」
「でも、ここで行き止まりみたいだし……」
 広間の壁には通路らしきものなど見当たらず、生い茂った草以外に目ぼしいものも見当たらない。
「となれば、考えられることは一つだな」
 にやり、と笑うダリス。
「隠し部屋だ」
 その言葉に俄然やる気になったのはシェリーである。手近な壁にぴたりと張り付き、入念に辺りを調べ始める彼女の姿に、仲間達も負けじと辺りの探索を開始した。
 そうして、まるで家捜しよろしくがさごそとあちこちを探ること、四半刻あまり。
「こんなのがあるぜ」
 壁の一点を指差してそう告げたのは、キューエルだった。
 入り口から左手側の石壁に、うっすらと走る溝。一見してひびに見えるそれは、よく見れば不自然なほどに直線を描いて、扉らしき形を壁に刻んでいる。
「盗賊のオレにも見つけられなかったのに」
 悔しそうに歯噛みするシェリーだったが、そんなことを言っている場合ではない。早速キューエルを押しのけてその隠し扉に張り付くと、やはり壁のひび割れに紛れて分からなかった鍵穴らしき穴を見つけて尻上がりの口笛を吹いた。
「どれどれ……」
 嬉々として腰の小袋から道具を取り出し、鼻歌交じりでかちゃかちゃと鍵穴をいじること、わずか数分。鮮やかな手際で鍵を外してみせたシェリーは、目を見張るダリスにどんなもんだい、と胸を張ってみせた。
「少し下がってな」
 念のためそう指示して、そっと扉を押す。何も起きないことを確認して、一気に扉を押し開けると、そこは今までとは少々趣の異なる小部屋となっていた。
 壁には簡素ではあるが精緻な模様が刻まれ、床は丁寧に磨かれた石畳に彩られている。そして奥に見える木製の扉。両開きのそれは、まるで城の入り口でもあるかのような、重厚な雰囲気を漂わせていた。
「今度こそ、本命かな」
「だろうね」
 ごくり、と喉を鳴らし、扉に近づくシェリー。
「罠がないかどうか調べるから」
 ラルフから光を借り受け、丹念に扉を調べ上げる。扉自体には鍵穴もなく、補強を兼ねた金属の装飾はすっかり錆びついてしまっていた。
「罠はない、と思う」
「そう言うのならあなたが開けるべきだな」
「えー、そんなあ」
 男なら手伝えよ、と腰に手を当ててぼやくシェリーだったが、仲間達は聞こえない、とばかりに視線を逸らす。
「じゃダリス、手伝ってよ」
「分かった。お嬢さんの頼みなら」
 恭しく頷いて、ダリスはシェリーの隣に立った。左右の取っ手をそれぞれしっかりと握りしめ、小さく頷き合ってぐい、と押す。
 鈍い音と共に開かれていく扉。その隙間から漏れ出してくる淡い光に、二人の横顔が翠色に染まる。
「わ、眩し……」
「この光は、一体……」
 期待と不安の入り混じった呟きに応えるかのように、爽やかな微風が彼らの頬を撫でた。
 そして――。

<< >>