小説

SS・冬支度

 風に秋の匂いが混じり始めてから、骨董店の看板娘は町外れに住む占い師のところへ通い詰めている。 配達ついでにこっそり覗いてみたところ、どうやら編み物を教わっているらしい。 初心者はまず簡単なものから、という教えなのだろう。余りの毛糸をひたす…

SS・練習台

 カラン、と乾いた音がして、扉が開く。「いらっしゃい、ちょうど新しいのが焼き上がったところだ」焼きたてのパンを棚に並べていた髭面の店主は、やってきた客の姿におやおや、と目を瞬かせた。「今日は随分とめかしこんでるじゃないか」揶揄うつもりはなか…

SS・渇望

 《果ての塔》には何でもある。一生かかっても読み切れないほどの本、南の島の珍しい果実。王侯貴族しか使えない豪華な調度品。欲しいものはすべて揃えた。ここから逃げ出してしまわないように。 ただひとつ、存在しないもの。それは『他人』だ。「わざとだ…

SS・手紙

 町外れの骨董店には、毎日のように手紙や荷物が届く。 先日までは、息をするように居留守を使う店主と、何が何でも受け取らせたい配達員との間で激しい攻防戦が繰り広げられていたが、店番を雇ってからはそんな光景も見られなくなった。「郵便だぞー」 今…

SS・永久の休日

 木漏れ日射す窓辺に、クッションを二つ。 傍らに読みかけの本を積み上げて、あとはただゆるりと過ごすのみ。 窓枠に腰を掛けようが、毛布に包まってココアを啜ろうが、行儀が悪いと叱る人は、ここにはいないから。 できる限りの悪行を尽くして、永久の休…

SS・果ての窓辺から

 窓の外に広がるのは、どこまでも続く空。 その名の通り『世界の果て』、天高く聳える塔から見る景色はさぞ絶景だろうと言われるが、実際のところはひたすらに『空』。それだけだ。 朝も夜もない、ついでに雲一つない空。 永遠に変わらないこの場所を『時…

SS・覚めない夢

 目を開ければ、いつもの天井。 白く揺れるカーテンの向こうには、緑の丘と青い海。 世界はいつだって活気に満ち溢れているのに、私は寝台から起き上がることすら出来なくて。 ああ、それならせめて。 夢の中では、自由に走り回れたらいいのに。 どんな…

SS・窓の灯

 珍しく外出などしたのがいけなかったのだろうか。あちこちで呼び止められて世間話に付き合っているうちに、気づけば帰宅時間を大幅に過ぎていた。「もうこんな時間か。お嬢ちゃん達が待ってるんだろう? さっさと帰ってやんな」 誰のせいで遅くなったんだ…

SS・霧の街

 祖母の田舎は霧が深いことで有名だ。 とろとろと渦巻き、伸ばした手の先が見えなくなるくらいの濃霧は、幻想的という以前に恐怖の対象だった。 だからだろうか、祖母は口を酸っぱくして繰り返す。「霧の深い日は外に出ちゃいけないよ。違う世界に迷い込ん…

SS・星を宿す樹

 おやおや、この婆に何のご用かね? なに? なぜ《星祭》という名前なのかって? それが気になって夜も眠れない? それじゃあ、哀れな小鳥のために、特別に話してあげようかね。 古い――それはもう、気の遠くなるくらい昔から伝わるお話さ。 かつて―…

SS・手料理

 《世界樹の街》の郵便配達員が暮らす独身寮《蜂の巣》には食堂がない。 その代わり共同の厨房があって、誰でも自由に使っていいことになっているのだが、三食きっちり自炊するようなまめな者はおらず、ほとんどが外食で済ませてしまっている。「外食ばっか…