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花片を辿る
 天気のよい休日。薄いコートだけ羽織って外に出れば、どこからともなく舞い降りてくる薄紅色の花片(はなびら)
 近所に桜はないはずだから、きっと気まぐれな春風に乗ってやって来たのだろう。
 出所が知りたくなって、懸命に花片を辿ってみたところ、町外れの丘まで来てしまった。
 小高い丘の上には、朽ちかけた(やしろ)と満開の桜。
 まるでここだけ時間が止まっているような、そんな錯覚に陥るほどの、美しすぎる光景。
 はらはらと舞う花片だけが、止まった時を彩っている。
 スマホを取り出しかけて、すぐにやめた。
 この美しさは、きっと映像には残せない。
 せめて心に刻みつけようと、じっと目を凝らす。
 桜は、まるで春を言祝ぐかのように、ひたすらに舞い続けていた。

 しばらくして、丘の上に公園が整備されたことを知った。
 社は取り壊され、桜の木だけが残されたそうだ。

 時は流れる。世界は変わっていく。
 それでも、変わらぬものが、きっとあるから。
 だから来年もまた、桜を見に行こう。
Novelber 2020」 17 錯覚


 twitter上で行われていた「novelber」という企画に参加させていただいた作品。テーマは「錯覚」。

 こちらは「桜の木の下には__が埋まっている」の舞台となっている、桜の木と神社のお話。

(初出:Novelber 2020/2021.04.01)
2021.04.27


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